毒舌家と隻腕の槍使い 第六話

 ふたりはあの丘を越え、湖の乙女が住むという城を目指し歩く。足取りはなかなかに好調だ。
 ルーカンは今までよりもずっと気が楽に歩いている。嫌なことしかなかった異界で、憧れの騎士に会えたことが彼を元気づけていた。一方、アルスルは少し考え事をしていることが増えたようにルーカンは感じていた。あの、白い竜と出会ってから、物思いにふけっているような様子である。本人はあまり意識していないのか、そのことを伝えても首をかしげるばかり。
 時折ルフェがアルスルの頭を叩いたりすることも増えた。しっかりしろ、と言っているようで、どんどんルフェの正体がわからなくなってきたルーカン。少なくともカラスではない、とルーカンは決めつけた。
「……ルフェ、おまえカラスじゃないなら何なんだよ」
「カァ?」
 当ててごらん、と人を馬鹿にしたように首をかしげるルフェ。イラついたルーカンは、絶対に正体を暴いてやる、と心に誓った。
「仲良くなったな、お前たち。そういえば名も似ているな」
 アルスルが優しく笑いながら言った言葉に、ルーカンとルフェはすぐさま否定に入る。
「どこが? ぼく、ルフェと仲良くしたつもりないよ!」
「カァカァ!」
 否定の言葉は何故か同時に発せられ、それを聞いたアルスルは声を上げて笑い出した。かぶってしまったお互いを睨みつけ合う姿も、さらに笑いを誘っている。
 腹を抱えて笑うアルスルを、ルーカンとルフェは納得のいかない顔で見つめていた。
「あー、久しぶりに笑った気がする……」
「笑いすぎだよ!」
 拗ねたように頬を膨らませるルーカン。しかし、態度には出さないが安堵もしていた。
 考え事をしていたアルスルは、とても寂しそうに思えたのだ。だから、彼が笑う姿を見て安心した。
「はは、しかし……。そろそろのようだ」
 不意に、アルスルが視線を上げる。彼の見つめる先には、乙女が住むに相応しい、豪華な城とそれを守るように周囲を囲った城壁があった。
「わぁああ――! あれが、湖の乙女のお城?」
「ああ。といっても、私も来たのは初めてだが」
 まだ遠くにあるのに十分な存在感を放つその城は、かなりの歴史を持っているようで、古いながらも輝きを放っているように見える。
 ふたりは城門と思われる、ひときわ大きい城壁へと歩く。
 期待が胸を溢れ、足取りが速くなる。城門の真正面に立った瞬間、ルーカンは半ば走り出していた。
「おっきいー。……騎士とか、いるんだよね?」
「そうだな、かなりの数の騎士がいると聞いたが――」
 しかし、周囲にはそのような人影は見当たらない。騎士どころか、人っ子一人――もっといえば生物の気配が感じられない。かろうじて植物が城壁を伝うようにして生えている程度。心なしか、その植物たちも他の場所と比べ、元気がないようにルーカンは感じた。
「なんか、変じゃない?」
「確かに……。乙女はアンヌヴンの支配者であるし、もっと華やかだと思っていたんだが」
 改めて城を見ると、正直華やかではない。ルーカンらを圧倒させる存在感や威圧感はあれど、生命の息吹に乏しい雰囲気だ。
「なんか、生きてないみたい……」
 ポツリ、とルーカンが呟く。
 アンヌヴンに来てからルーカンは様々なものを見てきた。
 森では動物たちが争うことなく共存し、空には鳥たちが絶え間なく飛翔する姿が見られた。
 そう、どこにでも生物がいたのだ。
 けれどこの城には一切それらが感じられない。異様だと思わざるを得ない。
 不意に、ルーカンの背筋に悪寒が走る。
 まるで大きな肉食獣に、獲物として狙いを定められたかのような、そんな気分だった。
「とりあえず、開けてもらえるだろうか――」
 アルスルは城門へと近づき、手を伸ばす。
 刹那。
「カァア!」
 警報のように、鋭くルフェの鳴く声が耳を貫く。
 驚きで動きを止めたルーカンとは違い、アルスルはルフェの警鐘を理解し、急転換した。
 アルスルが城門を離れた瞬間、地面が揺れた。
 立っているのも困難なほどの大きな揺れに、ルーカンは尻餅を付いた。
 そして、視線を無意識のうちに上へとあげ――見た。
 大きな目玉があった。大きいと思っていた、城に釣り合うように作らせた人形のよう。
 正しく『巨人』という言葉がぴったりと合う。
「ルーカンッ!」
 アルスルの叫ぶ声が、どこか遠くの出来事のように聞こえた。
 恐怖ではない。存在を圧迫されるような――そんな初めての感情で、ルーカンの心は塗り潰された。
「――ぁ」
 巨人が、持っていた棍棒を大きく振り上げる。
 まるでスローモーションのように、ゆっくりと、しかし確実にルーカンをめがけて振り下ろされる。
 アルスルが走ってくるのを視界の端で捉えた。
 しかし、間に合いそうもない。
 ルーカンは反射的に強く瞳を閉じた。

「まったく、弱き子供にそのような暴力の化身を向けるとは――乙女も堕ちたものだ」

 人を馬鹿にしたような、強烈な毒舌が聞こえた。
 それと同時に、巨人の動きが止まる。
「だいたい、城を守るのにこれほどの大きいものなど逆に邪魔だろう。大きい分、鈍いし何より判断力に欠ける。――ああ、だから生物が逃げ出しこんなにも寂れたのか」
 フッ、と後ろから鼻で笑う音がした。
 ルーカンが振り向くと、心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた男性がひとり、巨人を見上げていた。
「まるで乙女の人格を表しているではないか。力さえあればあとはどうでもいい、と自ら言っている。馬鹿馬鹿しいと思わないか、ベディ?」
「……黙秘します」
 皮肉る男性の呼びかけに答えたのは、巨人の棍棒を槍で受け止めていた男。驚くことにその男は片腕がなく、隻腕だ。
 隻腕の男は槍を軽々と動かし、巨人の棍棒を振り落とす。
 巨人の咆哮が低く響く。
 それさえも笑い飛ばすように、毒舌家は続ける。
「負け犬の遠吠えか? 見苦しいぞ、仮にも湖の乙女に仕える身でありながら。……あぁ、そもそも『仕える』という知識もなかったか」
「あ、あの……カイ、それぐらいに――」
 アルスルが、ひどく言いにくそうに毒舌家に言う。
 そこで毒舌家はアルスルの存在に気がついたようで、驚きの声を上げた。
「おお、アルスル。久しいではないか。いい加減、剣は持てるようになったか?」
「……言わないでくれ」
 痛いところを突かれ、脱力するアルスル。
 頭痛がするのをこらえ、アルスルはルーカンを立ち上がらせる。
 ようやくルーカンの意識が戻ってきた。
「え、あれ? ええ?」
「大丈夫か? ……ひとまず助かったぞ」
 言葉の割には暗い言い方に、ルーカンは戸惑った。
「ひとまず、というのはどういう意味だ? 詳しく訊ねたいが」
「いえ、助かりました。すみません……」
 いつもと違い弱腰なアルスルに、目を丸くするルーカン。
 そうしているうちに、再び地面が激しく揺れる。
 見れば、隻腕の男の横に巨人が倒れている。ぐったりとしている巨人は、起きる気配もない。
「べディ、早かったな。日が暮れるまでかかると思っていたぞ?」
「期待を裏切って悪かったですね」
 息の合った掛け合いに、ルーカンは呆気にとられ、アルスルは何ともいえない表情をした。
「……カイ、ベドウィルも助かったよ。でも、どうしてここにいるんだ? 二人とも湖の乙女に用なんてないだろ」
 訊ねるアルスル。
 答えようと口を先に開いたのは、カイと呼ばれた毒舌家ではなく、隻腕の男ベドウィルだった。
「ミルディン様から頼まれまして。……まぁ、カイもどうしてもとうるさかったですし」
「言わんでいいだろうっ!」
 これまた息の合った言い合い。
 その様子に笑いがこぼれるアルスル。釣られるようにして、ルーカン、ベトウィルも笑い出した。


 ――その姿を、一頭の猟犬が見つめていた。