十四章 Kalanchoe
「ねぇーアデル。リムちゃんは~?」
「図書館に行ってるよ」
プリムラが『人形の騎士』原典を見つけたのとほぼ同時間。
アデルとナナハはとある場所へと赴いていた。
いつもと変わらない口調で話してはいるが、二人ともどこか緊張を含んだ表情をしている。
「ニンフェアとイオン、心配してるよねー。あとであたしから話してもいい?」
「…………」
「まっ、今さらか。あの子たちなら気づいてるみたいだし」
ちらり、とナナハはアデルの腰に差してある剣を見る。
美しさと鋭さを兼ね備えたその剣は、いまだにその輝きを失ってはいなかった。
「リムちゃんも図書館ってことは……調べてるんだねぇ。ウチにもあるんだけど」
「あんな擦り切れた絵本、読めるわけないだろ」
アデルの口調がどこか固い。
それは緊張からくるものなのか、それとも――
「お待ちしてました、兄さん。ナナハさんも」
立派な扉の前に、二人を待っていた様子のイラソルがいた。
軍服に身を包んだその姿は、彼が仕事中であることを表している。
「……中で、陛下がお待ちです」
「ああ、わかった」
大きな音を立てて、扉が開いた。
広々とした部屋の奥に、豪華な椅子――王座がある。
そう、ここは謁見の間。
王座にすわっっているのは、つい一週間前に国王となったラノンケル陛下である。
アデルは部屋の中央付近まで歩くと、慣れた様子で膝をつく。
無意識のうちに左手が剣に触れていた。
「一週間ぶりだな。アデル――いや『騎士』殿?」
*****
昔々、あるところに小さな王国がありました。
その王国は人形を作るのがとても上手で、国民の多くは人形を作って暮らしていました。
あるときひとりの人形師(人形を作る人)がとても人間そっくりな人形を作り上げました。
人間のように動くその人形は、たちまち人気になり、いろんな人形師たちが真似を始めました。
いつしかその人形を、作った人の名前から『ティーテレス』と呼ぶようになりました。
ティーテレスはとても便利なものでした。
人間の代わりに仕事をし、家事をする――いつの間にか、ティーテレスは無くてはならないものになりました。
しかしある時のこと。
隣りにある少し大きな国が、ティーテレスを欲しがったのです。
その国はあまり人形を作るのが得意ではなかったので、自分たちではティーテレスを作れなかったのです。
この国の人形師たちは嫌がり、王様も断ってしまいました。
それに怒った隣国は、腹いせにとても恐ろしい兵器を作り上げました。
獣の姿をした、大きな大きな兵器です。
隣国は獣の兵器をこの国の近くの森に放ち、森を訪れる国民たちを襲わせました。
国民たちはその兵器を恐れ、『魔物』と呼びました。
魔物によってたくさんの人が亡くなりました。
王様はどうすれば魔物を抑えられるか考えました。
考えた末に、王様はお触れを出しました。
『性能の良いティーテレスたちを森に向かわせ、魔物を破壊させよ』と。
人形師たちはたくさんティーテレスを作りました。
魔物を壊せるぐらい強いティーテレスを。
ですが、それに反対しているものがひとりだけいました。
その者の名は、アデル。
王様に仕える騎士であり、国民にとても人気がありました。
国民は騎士に聞きました。
どうして反対しているのか、と。
騎士はこう答えました。
「ティーテレスとて、笑ったり泣くことだったできる。彼らも“生きている”のだ。だからこそ、彼らにつらい役目を押し付けたくない」
みなは首をかしげました。
誰もティーテレスが笑ったり泣いたりするところを見たことがないのです。
それに、人形は生きていません。
“動いている”のです。
けれど、あまりにも騎士がそう言うので、王様が言いました。
「ならばお前があの魔物を壊してみせよ!」
騎士は静かに頷きました。
さすがに心配した王様は、王家に伝わる剣を騎士に渡し、ティーテレスとともに彼を森へと送りました。
森へ着くと、魔物が待ち構えていました。
騎士はティーテレスたちに隠れているように言うと、まっすぐ魔物へと向かっていきました。
激しい戦いの末に、騎士は魔物を破壊することができました。
けれど、騎士もまたひどい傷を負ってしまいました。
血を流し倒れこむ騎士を、ティーテレスたちが囲みました。
傷を塞ごうと、手で押さえるものもいました。
ティーテレスたちは叫びました。
「この人を、助けてください」
声を出すことなんてできないのに、叫びました。
ぽろぽろと涙を流すものもいました。
涙なんて、持ってもいないのに。
そんな彼らの声が届いたのか、どこからか女の人が現れました。
彼女の名は、ティーテレス。
そう、最初に人形ティーテレスを作った人形師でした。
戦いから7日後。
騎士はギシギシ、と身体が軋む音で目が覚めました。
人形師ティーテレスは騎士に言いました。
「お前を助けるために、身体を人形にさせてもらったよ」
彼女は人形師でしたから、傷の治し方など知らなかったため、騎士を助けるためにはそれしか方法がなかったのです。
それでも、騎士は彼女にお礼を言いました。
そして、大急ぎで王様の元へと向かいました。
王様や国民たちは大喜びで騎士を出迎えました。
多くの人は泣きながら言いました。
「おかえりなさい」と。
騎士も言いました。
「ただいま」と。