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十三章 Gypsophila

 即位式から一週間がたちました。
 私はひとり、城下町の図書館を訪れています。
 ここに来たのは――そう、知りたいことがあったからです。
 アデル様にちゃんと許可も貰ってます。
 理由は……ちょっと誤魔化しちゃったけど。
 即位式で見た『騎士』様が……とても知っている人に思えたから。
 きっと、アデル様やナナハさんじゃはぐらかされてしまうと思って、ひとり慣れないことをしています。
 あとで怒られちゃうかもしれませんが、それでも……私は知りたかった。


 それにしても……うぅ、みなさん私に注目しすぎではありません?
 確かに私は珍しい型のティーテレスだとはわかっていますが、ここまで注目されたのは初めてです……。
 視線が痛い、です。
 めげないよう、前を向いて歩いていますが、ちょっと挫けそう。
 頑張れ、頑張ろう!
 まず、探している本の場所を見つけないと。



 私が最初に向かったのは絵本のコーナー。
 そこの一番目立つところにあったのが『人形の騎士』の絵本。
 この国で一番読まれている絵本を、手に取って開いてみる。
 内容はとっても簡単で、子どもにも読みやすいように表現されている。
「たしかこの絵本は、いろいろ省略されているんだっけ」
 ティーテレスの標準知識として入れられているのはこちらの絵本のほう。
 だから私自身、本当の『人形の騎士』のお話は知らなかった。
 ――そう、今日はそれを調べに来たんです。
「一応、こっちも持っておこうっと」
 傷つけないようちょっと慎重に、あらかじめ取っておいた席へと持っていく。
 たったこれだけなのに、緊張してしまう。
 やっぱり目立ってるよね、私……。
「つ、次へ行こう……!」
 挫けちゃいけない。
 私は、知るためにここへ来たんだから!



「次は、神話コーナーかな?」
『人形の騎士』は、おとぎ話とも神話とも言われてるから、こっちかなと思ったんだけど。
 ……探せども、それらしき本がありません。
「なにかお探しかな?」
「え?」
 聞こえた声のほうを向くと、そこには初老の男性が立っていました。
「おや、ティーテレスとはめずらしいね」
 たいていの人は驚いて私を凝視してくるのに、この方は普通に話しかけてきました。
 こういう方もいらっしゃるんだ。
 アデル様みたいだな……。
「えっと……『人形の騎士』の原作が知りたいんです」
「ほうほう、わかった。こっちだよ」
 そういうと、私の手を取って案内してくれました。
 こういうところもアデル様みたい。
「ここは大きいから、本の場所がわからない人が多いんだ。自分はそういう人を案内するのが好きでね」
「すごい……」
 案内ができるってことは、本の場所がしっかりわかっているってことだよね。
 ここ、本当に大きいし、本もすごくたくさんあるのに。
「それにしても『人形の騎士』についてなんて、久しぶりかもしれないなぁ」
「そうなんですか?」
 意外です。
 騎士様はみんなの憧れだから、いろんな人が見に来ているものとばかり思ってましたけど。
「たいていの人は絵本しか読まないからね。特に初版なんて、貸し出されたこともないかもしれない」
 初版……私が探していた本です。
 一番最初に書かれた『人形の騎士』で、調べた限りでは、作者もわかっていないとか。
 とにかく謎に包まれた――誰もが知る童話の原典。
 そこに、きっと……。


 そうして連れてこられたのは――
「れ、歴史コーナー?」
「そう、意外だろう? 昔から、あの話関係の本は絵本か歴史本になってるんだよ」
 驚きつつも、その方にお礼をし、さっそく本探しに入りました。
 考えてみれば、もし『騎士』があの人なら、神話じゃおかしいもんね。
 ……よくよく考えてみれば、ナナハさんの家にあった歴史書って、もしかしてそうなのかな?
「――あっ!」
 あった、かもしれない。
 そうっと本棚から抜き出す。
 ずいぶんと古いなぁ。……あんまり手を付けられた跡がないような気がする。
「『初版 人形の騎士』――これ、だね」
 ここに、騎士様についての――私が知りたいことが、きっとあるはず。
 震える手で、表紙に手をかけた。

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