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九章 Odontoglossum

 いつものように、私は買い物に来ていました。
 けど……
「ねぇねぇ、お前何でできてるの?」
「触っていい?」
「あ! 俺がさきー!」
「ほっぺた、ぷにぷにしてるー」
 これは、どういった状況なんでしょうか!?



 数十分前――

「あ、調味料ガ切れてまス……」
「私が買ってきますよ?」
 何気なく言ったけれど、すごく嫌そうな顔をしているニンフェアが気になる。
「……な、なにかあるんですか?」
 よく見ると、そばにいたイオンもあまり顔色がよくない――気がする。
 だんだん不安になってきた。
「いえ、まぁ……お願いしまス。――ガんバってくダサい」
 何をがんばるのかわからなかった私は、普通に家を出た。
 それを、今更ながら後悔しました。

 だいぶ行き慣れた商店街。
 お店の人とも知り合いになり、いろいろお話してくれる。
 みんないい人ばかりで、家の次にお気に入りの場所になりつつありました。
 ――今日までは。
「いらっしゃい、プリムラちゃん! 今日は何を?」
「こんにちは。えっと、調味料の――」
 その時、なにかが体に触れるのを感じて。
「ふぇっ!?」
 グイッ、と髪を引っ張られ思いっきりバランスを崩してしまいました。
 なにがなんだかわからず、私は目を白黒させるばかり。
「コラッ、ホップ! なにしてるんだ!」
 お店のおばさんが私の後ろへ怒鳴っている。
 痛む首を回して、後ろを見る。
「うわぁ、生きてるみてぇ!」
 後ろには、推定10歳程度と思われる少年がいました。
「……えっと、だれ?」
「しゃべった!!?」
 あの、そんなに驚かれることなんでしょうか?
 発声機能なんて、私の10世代前の40世代からあるのに。
「すっげー!! よし、今日からオレがお前の『ますたー』だぞ!」
「は? ……えぇー!?」
 ど、どういうことかサッパリわかりません。
 助けを求めるように周りを見渡すと、いつの間にか少年――ホップさんと同年代の子供たちが集まってます。
「どしたの、ホップ?」
「見ろよ! 本物のティーテレスだぜ!」
「すっごーい! ホップ君の?」
「ああ!!」
 すみません、だれか助けてくださーい!!




 ホップさん率いる子供たちに連れられ、私はいま商店街近くの公園にいます。
 私を囲むように円になっている子供たち。
 以前なら、怖かったであろうその光景を気にする暇もなく、私はホップさんと言い合っています。
「で、ですから私にはもうマスターがいるんですっ!」
「それがオレだろ? なんどもいわせんなよ」
「ちがいます!」
 こんなやり取りを繰り返してるのに、ホップさんは理解してくれません。
 いえ、子供ということはわかってるんですけど……。
「そーいや、おまえ名前は?」
「――プリ、ムラです」
 自信を持って、そう言う。
 今までは言うのにも戸惑っていたけど、今日ばかりは別です。
 ティーテレスにとって、マスターを偽られたり勝手に所有物にされるのは一番嫌なんです。
 私、いま怒ってます。
「えーうそだ。プリムラなんてティーテレス聞いたことないもん」
 当たり前です。
 プリムラは製品名じゃないんですから。
「ホップ、こいつうそつきだよ!」
「おい、マスターからめいれい! ほんとうの名前言え!」
「だから、あなたはマスターではありませーん!」
 自分でも驚くぐらい大きな声を出してしまいました。
 でも……みんな理解してないみたいです。
 うう、どうしよう。
「おい! おまえ、ティーテレスなら知ってるだろ。『人形の騎士』」
「えっ? 知ってはいますけど」
『人形の騎士』――この国に生まれたものなら必ずと言っていいほど知っている童話。
 ティーテレスを作る際には、この童話を初期知識として入れなければならない――なんていう法律があるくらい、この国にとっては重要なお話。
 もちろん私のデータにも入っている。
「おれはその『騎士』なんだぞ! だから――」
 言ってはならないことを、ホップさんは言った。
『騎士』とは、この国――とくにティーテレスにとっては、とても神聖なことなのに。
「いい加減に――!」
「リム」
 静かに、優しげな声が聞こえた。
 声の先には、アデル様が微笑んでいた。
「アデル様!」
 急いでアデル様に駆けよる。
 正直言って、あの子たちのそばには居たくない。
「帰ってこないってニンフェアが心配してたぞ?」
「すみません……」
 そういえば、家を出てから結構時間がたってたみたい。
「いいさ。じゃあ、帰るか」
「まてよ! そいつはオレの――」
 ホップさんの声に思わず身を固くしてしまった。
 ど、どうすればいいの?
「大丈夫。ほら」
「コラァッ! ホップいい加減にしろ!」
 あの方、容姿からしてホップさんの母親のようです。
 よかった、私助かったんですね……。



「それにしても、リムでも怒るんだな」
「当たり前です! 騎士様は、とっても尊くて……ティーテレスにとっては救世主ですから」
 騎士様がいたから、いまのティーテレスがあるといってもいいぐらい。
 そんな方を名乗るなんて、許しがたいことです!
「はは……」
 あれ?
 アデル様、なんだか様子が変なような気が――
「そういえば、買い物は済んだのか?」
「あー! まだしてません!」

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