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十章 Viola

「いらっしゃあ~い!」
「お邪魔します、ナナハさん」
 どんよりと曇った今日、私たちティーテレス3体はナナハさんの家にいます。
 なんでも今日は健康診断の日なんだとか。
 本来なら『メンテナンス』というほうが正しいんだけど、そう言いかけた時、イオンにすごく睨まれちゃったので……。
「はぁい、3体さまご案内!」
「元気デスね、相変わらズ」
 呆れてるのか、ニンフェアがかなり投げやりに言ってる。
 わたしから見ても今日のナナハさん、テンションがいつもより高い気がする。
 なにかいいことでもあったのかな?
「よくぞ聞いてくれました!!」
「まだ何も言ってもせんけど――!?」
 まさか無意識のうちに言葉にしてた!?
 そう思ってあわててニンフェアを見ると、あっちも驚いてる。
 ……もしかして、言いたかっただけ?
「んふふー。今日ね、新しいパーツが手に入ったんだよ~! だれに試そうかな?」
 どうしてでしょう、すごく……危なげです。
 新しいパーツとはやっぱり、ティーテレス用のでしょう。
 でも……どうしてだか、それだけじゃない気がしてなりません。
「だ・れ・に・し・よ・う・か・な~?」
 目がいつもの3倍ぐらい輝いてる!
 そういえばアデル様が「ナナハはけっこうマッドサイエンティスト……」とか言っていたけど、これがまさか――
「ストップデス。アデル様から伝言を預かってまス」
 あ、たしかニンフェア、行く直前にアデル様から何かもらってたような。
 ポケットに入れてあったメモを読み上げる。
「『もしみんなに百が一のことがあった場合、ナナハの行動すべてをイラソルに暴露する』ダソうデス」
 カチンッ、と固まった音が聞こえた気がした。
 やっぱりナナハさん、行動すべてが固まってる……。
 というか『百が一』って、そんなに信用無いのかな?
「効果テキメンデスね」
「イラソルさんのこと、本当に好きなんですね」
 あれ? でも、ナナハさんがこんな状態だとどうやって健康診断するんだろ……。





「はい、じゃあイオン。そこに転がって」
 先程とは打って変わって、真面目なナナハさん。
 慣れた手つきで、よくわからない機械を見ずに操作している。
「イオンは最近、動作は平気?」
 ナナハさんの問いに、首を縦に振るイオン。
 そういえば、ずーっと聞き忘れてたことがあったんだよね。
 しばらくかかりそうだし――
「え、えっと……ニンフェア」
「イオンのことデスか?」
 ……まだ何も言ってないんだけど。
 私の発言ってそんなにわかりやすいの?
「うん。どうして発声機能を付けないのかなって思って」
 イオンは第34世代。
 発声機能は第28世代から搭載されるようになっているはず。
 アデル様はその機能が壊れてるから、と言っていたけどナナハさんなら簡単に搭載できそうだし。
「ソれは――」
「そんなプリムラに問題! 第34世代はどんな特徴があるでしょうかー?」
 わっ、ナナハさん聞いてたんですか?
 ――あれ? おかしいな、私のデータに第34世代のことがほとんどない。
「えーっと……すみません、わからないです」
「正解は『何かしらの機能が欠落している』で~す! 全部がそんなのだったから、いーっぱい廃棄されちゃったんだよ」
 え? それじゃあ、イオンも――
「デス。イオンは廃棄サれる直前にアデル様に拾われまシた」





 3人のしゃべり声で、イオン自身も思い出していた。

 今日みたいに、どんより曇った日だった。
『第34世代の欠落』は、原因不明のまま、闇に葬られた出来事になった。
 イオン――当時はギニョル第34世代と呼ばれていた――もその一体。
 彼が欠けていたのは、発声機能。
 当時ようやく浸透してきたばかりの機能で、それを求めていたものも多かった。
 だからこそ、それがないイオンは真っ先に廃棄所へ送られた。
 そこで――アデルと出会う。

「いいのか、イオン? 本当に発声機能付けなくて」
 何度も何度も聞いてくる主に、同じ数だけ首を横に振る。
 確かに、声が出せれば便利だろう。
 けど――発声機能を付けてしまったら、それはもうアデルに拾われた自分(イオン)ではないのではないか。
 そう思って、決めたのだ。 
 声は出ないならば、その分身体を動かせばいいだけだ。
 ほかに動かなくなったところは、何度でも交換しよう。
 だけど、発声機能これだけは決して譲れない。
 それでこそイオン自分なのだと。





「はーい、イオンは終わり! 次はニンフェアね」
「了解デス」
 聞いてて思ったんだけど、第34世代っていまから20年ぐらい前のティーテレスのはず。
 普通のティーテレスの稼働年数は――およそ4年前後。
 わ、私の計算がおかしいんだよね?
「あ、プリムラちょっとお願いがあるんだけど」
「なんですか?」
 ナナハさん、なんだかとっともいい笑顔なんですが。
「ちょ~っと時間がかるっぽいから、アッチ片づけてくんない?」
 ナナハさんが指さした方向には、どこからどう見ても……倉、庫?
 待って、私の眼では部屋に見えないんですけど!
「ゆっくりでいいからさ~。頼むっすよ!」
「はーい……」
 仕方がない、頑張りましょう。
「――」
「あ、イオンも手伝ってくれるの?」
 そういうとコクコクと頷いてくれた。
 うん、発声機能なんかなくても伝わるから、イオンはこれでいいんだよね。
 私が気にするべきことじゃなかったな。
 さて、と。
「……とりあえず、この本の山? からやろっと。イオンはそっちのほうをお願い」
「(コクリ)」
 一冊ずつ手に取って、種類別に分ければいいかな。
 これは、ティーテレスのマニュアル? しかも手書きだ……。
「そういえば、ナナハさんって人形師だったっけ」
 どうしてだろう、ナナハさんがティーテレスを作っている姿が想像できないや。
 えっとこっちは……。
「れ、歴史書――!?」
 信じられない……って、手を付けた後がない。
 だからこんなとこに積んであるんだ……。
「さ、さて次つぎ!」
 ……これは、絵本? よく見るとこれも手書きみたい。
 ずいぶん擦り切れてて内容は全然わからないけど……これって、たぶん――
「『人形の騎士』……だよね?」

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