八章 Rosemary
「アデル様……?」
びっくりした。
アデル様が、リビングのソファで眠ってる。
時間はちょうど3時。
お昼寝中なのかな?
「あ、ブランケット……どこだっけ」
風邪でも引いたら大変だ。
え~っと、たしか向こうのほうに……。
夢を、見ている。
ずいぶんと古ぼけた映像が、ゆっくりと動いていく。
まるで壊れかけのからくり人形のように、ゆっくりゆっくり。
そうだ――これは、昔の記憶。
自分が『アデル』となった一番の
少年がひとり、必死に同じ動作を繰り返していた。
彼の手には一本の剣――の模造品。
それを、一心不乱に振っていた。
「98っ、99、100!」
ようやく、少年は模造剣を地面に下ろす。
とても満足げな表情だった。
ふと、少年の後ろから人影が現れた。
「頑張ってるな」
「父さん!」
現れたのは少年の父親。
作業着を着たその姿は、彼が人形師であることを伝えていた。
「でも、本気で『騎士』になるつもりか?」
父親が何とも言えない表情でそう言った。
少年は、父が彼の仕事を継ぐことを望んでいるのは十二分にわかっていた。
けれどこれだけは譲れずに、何度も伝えた己の意思をまた告げる。
「ああ! 俺は騎士になって、みんなを守りたいんだ」
「……そうか。でも、無理はするなよ」
騎士――国民、王族の守護者。
騎士になるのはたいへんな名誉であるが、それと同時に危険を伴う。
だからこそ、父親はその道に賛同できないでいた。
もっとも、反対もできない。
少年がその道を志す理由には、母親を守りきれなかったという、父親自身にも関係する事情があったからだ。
「……父さん、仕事はいいのか? いま、忙しいんだろ」
話を逸らそうとしたのか、少年が素っ気なく言う。
口調とは裏腹に、寂しそうな顔をしたのを父親は見逃さなかった。
「あぁそうだった。実はな、お前に渡したいものがあるんだ」
「へ?」
父に連れられて、普段は入ることすら禁じられている工房の中に入る。
予想以上に広くて、思わず周りを見渡す。
「……あ」
少年は見つけた。
中央付近にあった大きな作業机に、一体の人形が鎮座しているのを。
「な、なぁ……あれって、もしかして――」
「ああそうだよ。『
つい最近、製造され始めたばかりの機械人形。
まだこれを作ることができる人形師は数えるほどしかいないらしい。
そっと、少年はティーテレスに近づいていく。
「友人が失敗したといって捨てかけだったところをもらって来たんだ。オレの力じゃ、ただ動かすことぐらいしかできなかったが」
「すごいじゃんか……!」
目に口、手と足などパーツは人間と同じ。
けれど『機械』であるということを隠してはいない形状。
「それは、今日からお前のものだ。大事にしろよ」
父の言葉に、少年は頷くことしかできなかった。
少年が頷くのと同時に、ティーテレスは目を覚ましたかのように起動した。
それから少年は、ずっとそのティーテレスと一緒だった。
そのティーテレスは、世間で言われているような行動を何ひとつすることができなかった。
あるときは、家のちょっとした段差に引っかかり。
またあるときは、野菜を切らせたらまったく切れていなかったり。
ひどいときには誤動作で真夜中に猛スピードで動き出したり。
とにかく出鱈目だった。
けれど、まるで弟妹ができたかのようで少年は嬉しかった。
……同時に、少しだけ悔しかった。
「――お前も、一緒に食べられたらよかったのに、な」
ある日の夕食時。
思わず口からそんな言葉が零れ落ちた。
逢ったときから変わらぬ表情。
むき出しの機械部分。
それが、悔しくてたまらなかった。
「……ごめん。お前は悪くないのに――」
その時、ふわっとティーテレスの顔がほころんだ。
そう――笑ったのだ。
「っえ……おっ、お前!? いま、笑ったよな?!」
それが、始まり。
少しずつ、少しずつだったがティーテレスは『感情』というものを見せていった。
笑ったり、悲しんだり、時には拗ねたり。
まるで、人間のように……。
けれどそれも長くは続かなかった。
しとしとと細い雨が降りしきる日。
少年はいつものように、剣を片手に出かけて行った。
ティーテレスは置いてきた。
雨に濡れて、壊れかけたことがあったから。
いつも通りの日――そうなるはずだった。
馬車が、少年のいるところに突っ込んでくるまでは。
「――ぁ」
少年は死を悟り、目を閉じようしたとき、視界の隅を見慣れた影がかすめた。
「――っ!? だ、ダメだっ!!」
叫んだものの、時はすでに遅く。
少年と馬車の間に、その影は割り込んで――
バチンッ、と乾いた音が妙に耳に響いた。
「バカ、だろ……お前」
涙を目がしらに浮かべながら、少年は呟いた。
目の前には、無残な姿となったティーテレス。
一目で
「どう、して――どうして、庇ったりしたんだよ……!」
心の底から、叫んだ。
悲しくて、悔しくて、どうしたらいいのかわからなくて。
少年は見たのだ。
馬車に轢かれる瞬間、ティーテレスの口が動いたのを。
『 ア リ ガ ト ウ 』
声なんて、音なんて出ていなかったが、たしかにそう言っていた。
「バカだよ――!!」
少年の泣き叫ぶ声は、雨音によってかき消されていった。
それからだった。
少年は、おぼろげながら理解した。
ティーテレスにも『感情』はある。
ならば、それは人間と同じく――――――
「……アデルさまー。アデル様!」
時刻はすでに5時を回っている。
いい加減に起きてもらわないと、夜が大変なんですよー。
ああ、そろそろ夕食の準備も始めないとっ!
「起きてくださいー!」
「……ぁ、リム?」
よかった、起きてくれた。
「起きてください、アデル様。もう5時ですよ!」
「わ、悪い……」
あれ? なんだか機嫌、良くない?
無理やり起こしたのが悪かったのかな?!
「わぁああ! ご、ごめんなさい!」
「い、いや違うよ。……ちょっと、夢見がよくなかっただけだから」
そ、そうなんだ……よかった。
「じゃ、じゃあ夕食の準備をしてきますね!」
「楽しみにしてるよ」
よし、頑張ろうっと。
……どんな夢だったのかな?
すごく――辛そうだけど、懐かしそうな顔をしていた。