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二章 Wisteria

 ……どこだろう、ここ……?
 いつも通り6時に起動した私の目に飛び込んできたのは、まったく知らない部屋だった。
 私はどうすればいいかわからず、とりあえず動こうと体を起こす。
 そのときはじめて、自分がベットに寝かされていたことに気がついた。
 ベットで寝るなんて初めてで、さらに驚いた。
「……ここ、誰の家?」
 誰もいないとわかりつつ、そうつぶやいていた。
 素朴ながらも、とても暖かみを感じさせる部屋は、持ち主の性格を現しているようだった。
 どうしようかと私が考えようとしたとき、扉が開く音がした。
 その音に私はドキリとした。扉があるのに気がつかなかったのだ。
 そうっと中をうかがうようにゆっくり扉が開いていく。
 思わず私は身構えた。マスターではないだろうけど、誰かに怒られるのは嫌だった。
 現れたのは――
「……ティー、テレス…?」
 私より幾つか前の世代のティーテレスのようだった。
 額に『guignol 34th generation』とある。ギニョル第34世代のようだ。
「え、えっと……その…」
 私は彼に声をかけようとして、戸惑った。34世代に発声機能はあっただろうか…?
 そんな彼は、私を一目見るとすぐさま部屋を出て行ってしまった。
「あ……」
 どうすればいいのだろうか?
 そう思った瞬間、部屋の外から階段を駆け上がる音が聞こえた。どうやらここは2階のようだ。
 先ほどとは違い、一気に扉が開かれた。
「……!」
 先のティーテレスを伴って現れたのは、20歳になるかならないかぐらいの男性だった。
 彼は私の姿を見ると、安心したように息を吐いた。
「よかった。体に異常は無いか?」
 そう、優しく私に問いかけた。
「あ、はい、問題ありません……」
 反射的に答えたが、私はそれどころではなかった。
 この人は、誰なのだろうか?
「あ、自己紹介だな。俺は『アデル』。こっちは『イオン』だ」
 そんな私の様子に気がついたのか、彼―アベルは言った。そばにいたティーテレス――イオンの分も含めて。
「『イオン』……?」
 私は首を傾げた。ティーテレスである彼の名前が変なのだ。
「彼は『ギニョル第34世代』ではないのですか?」
 私がそう聞くと、イオンと呼ばれたティーテレスが激しく首を横に振った。
 その反応を見て、ますますわからなくなった。
「それは『製品名』だろ?『イオン』というのは『個人名』だよ」
「『製品名』?『個人名』?」
 アベルの答えに私は戸惑う。個人名というのは人間にしか与えられないのでは?
「ソんなこと、気にシないのデス」
 突然、別の声が聞こえて私は飛び上がりそうになった。
 アデルの後ろから現れたのは、また別のティーテレスだった。
「おドろかセてスみまセん。わたシは『ニンフェア』といいまス」
 彼女は片言ながらも、自力で自己紹介をした。私は彼女―ニンフェアののど元に『peluche』とあるのを見つけた。
「ペルーシュ?」
「わたシの製品名デスか?ソうデスよ」
 ペルーシュといえば、ティーテレス製作の中でも随一と呼ばれるほど質のいいものだ。すべてオーダーメイドで作られているとか。
「さて、自己紹介も終わったことだし、君の名前を決めようか」
 そうアデルが言った。
「は……えぇ!?わ、私なんかに?」
「ここデ暮らス以上、名前は必須デス」
 慌てる私に、ニンフェアはそう断言し、イオンはしゃべれないのか何度も首を縦に振った。
「そうだな……」
 すでに決定事項なのか、アデルはもう考えているようだった。
「ま、待ってください!私……ここで暮らすんですか!?」
「えっ、嫌だったか?」
「いきなり言われても……」
 私には何がなんだかわからない。
「なら、前のマスターのところに戻りまスか?」
 ニンフェアにそういわれて、私は気がついた。
 私には、帰る場所がないのだ。……元からだったかもしれないけど。
「ドうスるんデスか?」
「でも……本当に?」
 私がいてもいいのだろうか?
「大丈夫デス。アデルサまはシょっちゅう迷子を拾ってくるのデ、慣れていまス」
「い、いいじゃないか。可哀想だろ?」
 アデルが焦ったように言うが、ニンフェアは睨んでいるようにアデルを見ていた。
「元は、イオンもアデルサまに拾われていまス」
 それを聞いて驚いた。私のほかにも捨てられたティーテレスがいたなんて……。
「よしっ!決めた!」
 アデルの大きな声で、私の意識は自然とそちらを向いた。
「決まったぞ、お前の名前」
 そう言いつつ、アデルは私の頭を撫でた。初めて撫でられたかもしれない……。
「……私の、名前」
 名前なんて、今まで考えたことも無かった。名前を持つというのはどういう気持ちになるのかな?
 私は不安が少し、残りは期待と緊張でいっぱいだった。
「安心シてくダサい。名前のセんスダけはちゃんとありまス」
「おい、ニンフェア」
 話が逸れそうになったが、イオンがアデルの服を引っ張り意識を戻した。
「……それじゃ、言うぞ」
「は、はい!」

「君の名前は『プリムラ』だ」


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