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三章 Azalea

 私がここ、アデル様の家に来て今日で3日目。ここに来てからは驚きしかない。
 っと、そろそろ起動――じゃなかった。起床しないと。
 この前にアデル様の前で「起動しました」と言ったら怒られてしまった。どうしてか恐る恐る理由を聞くと――
「そういう言い方が気に入らない」
 と言われた。
 それ以降は言われたとおり「起床」という言葉を使うようにしている。なかなか慣れないけど……。
「おはようゴザいまス」
 部屋を出たところで会ったのはニンフェア。ここに来てから私にいろんなことを教えてくれる。
 片言なのが少し気になるけど、理由はまだ聞いてない。いつかは聞いてみよう。
「おはよう、ニンフェア」
 よかった。きちんと名前を言うことができた。昨日まではすぐ言えなかったから、何度も注意されてしまった。
 ここにいるティーテレス――といってもニンフェアとイオンしかいないけど――は製品名で呼ばれるのをすごく嫌がってる。
 初めはよくわからなかったから、理由を聞いてみた。そしたら……。
「セっかく名前ガあるのデすから、ソちらデ呼バれたいと思いまセん?」
 と言われた。イオンも同意するように何度も首を縦に振っていた。
 ……正直、まだよくわからない。けど、アデル様は「ゆっくりでいい」と仰ってたのでゆっくり慣れることにした。
「朝食の準備をお願いしまス」
「うん、わかった」
 さぁ、今日もがんばろう……!

 私は記録されているレシピと食料庫の中身を比べて、何を作るか考えていた。
 マスターの家では常に決まっていたので、自分で考えて作るのが意外と難しいとは知らなかった。
「……やっぱり、朝は簡単なものがいいのかな?」
 そう独り言を呟きながら、レシピを探す。やっぱり自分で考えるのは苦手かも……。
 くいくい、と服を引っ張られた。イオンだ。
 イオンは何でも発声機能が欠落しているらしく、声による意思疎通ができない。
 けれどアデル様は理解できるらしいし、首を振るといった動作で何となく言いたいことは伝わるから苦労はしてないようだ。
「どうしたの?」
 私の問いに、イオンは手に持っていたものを差し出した。
 新鮮な野菜と卵だ。
「使えってこと?」
 首を縦に振るイオン。
 確かに新鮮だからきっとおいしいだろう。
 そう思うと、頭の中にレシピが幾つか浮かぶ。朝食にはちょうどいい。
「ありがとう」
 私はお礼を言うと食料庫を後にした。

「よし、できた!」
 簡素なものだけど、素材がいいからきっとおいしいだろう。
 そう考えながら4人分の朝食を並べていった。
 そう、4人分だ。
 アデル様、ニンフェア、イオン、そして私。
 ティーテレスも一応食事をすることはできる。でも実際に食事をするティーテレスなんてこの家だけだと思う。
 アデル様は本当に私たちを『ティーテレス』ではなく『人間』として扱う。
 変わった人だ。……でも、それがいいところなんだろうな。
「おはよう、リム」
「あ!お、おはようございます……」
 アデル様がいたことに気がつかなかった私は、ちょっとつっかえてしまったけど何とか挨拶ができた。
 『リム』……アデル様にもらった名前を略したものだ。『プリムラ』では呼びづらいみたい。
「お、おいしそうだな! 冷めないうちに食べよう」
「は、はい」
 アデル様はそう言って、私に席に着くことを促す。
 返事をしたけれどさすがに主人より先に着くことはできないから、アデル様が座りきってから席に着いた。
「お腹ガ空きまシたね」
 ニンフェアはそういいつつも、アデル様のカップにお茶を注いでいく。それを見て、座ってしまったことをちょっぴり後悔した。
「さぁ座って。冷めたらもったいないぞ」
 アデル様がそう言うと、ニンフェアも席に着く。
「……イオンは?」
「先ほド見かけたのデすガ……?」
 言われてみるとイオンの姿が無い。
「まったく、あいつはマイペースだからな……」
「わ、私ちょっと見てきましょうか?」
 と、言ってみたものの心当たりとか無いけど……。
「いや、あいつのことだし――」
 アデル様が言いかけたとき、廊下から足音が聞こえた。一直線にこちらに向かってきているようなので、おそらくイオンだろう。
「ほら来た」
 ガチャリ、と扉が開く。現れたのはイオン――だけではなかった。
「やっほー、アデル! 元気?」
 現れたのははじめてみる女性だった。


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