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一章 Geranium

 午前5時32秒――
 体内に内蔵されている時計が起動時間を告げた。
 聞きなれた起動音。
 私は起動をする。
 動作を確認……。
 異常なし。
 時計は私が起動してから13秒経過していることを知らせた。
 いけない、と私は急いで体を動かした。
 また怒られてしまう……。

「いい加減にしてちょうだい!何度言ったらわかるの!?」
 やっぱり怒られてしまった。
 私の目の前にいる人、彼女は私の『マスター』。マスターというのは、私の持ち主ということだ。
「まったく、いつも言っているでしょう!6時には朝食を用意しておくようにと」
「しかしマスター。マスターは昨夜、次は6時30分でいいとおっしゃいましたが……」
「お黙り!」
 マスターは声を震わせて私を叱る。
 それがとても怖い。
 けれど、それは仕方がないことだとも思う。もともとは私が悪いのだから……。
 時計が7時を告げる。
「とにかく、次は無いと思いなさい」
 そう言うと、マスターは部屋から出て行った。おそらく仕事の準備を始めるのだろう。
 私はそれを認識すると、次に言われていた行動に移るため動き出した。
 えっと、次の仕事は何だっけ……?
 仕事を忘れるなんて『ティーテレス』失格だ。
 ティーテレスはマスターに奉仕する存在として生まれるのに、逆に足枷になってはいけない。
 わかっているのに……。
 私は考え込みそうになるところを、頭を振って止める。こんな風に考えるだけで時間を無駄にしてしまう。
 時計は、マスターが出て行ってからすでに1分が経過したことを私に教えていた。


 午後1時24分47秒――
 私はメモを片手にお店を回っていた。メモにはマスターが必要なものが書き記されている。
 私はひとつひとつ確認しながら慎重に買い物をしていた。
 時間は多少かかるものの、間違えるよりはいいと思う。かかりすぎてもよくないけど。
 店員は私にそっけなく接する。人間の客のほうが優先だから仕方がない。
 私の外見は人間とそう変わらない。
 けれど、頬に小さく印されている『manejar 50th generation』という文字が私をティーテレスと周囲の人に教えている。
 『manejar』――マネハールと読む―― とは私を作った場所の名前。
 『50th generation』は第50世代。
 つまり私は、ティーテレスのマネハール第50世代型ということだ。
 50世代は最新型とも呼ばれ、ほかの世代とは機能がかなり違うらしい。私にはよくわからない。
 とりあえず、早く帰らないとマスターに怒られてしまうかな……。


 午後2時1分9秒――
 ようやくマスターの家に到着した。帰るまでとっても長く感じた。
 帰宅したことをマスターに報告するため、私はマスターがいる仕事場に向かった。
「遅いじゃない!」
 帰宅の挨拶をしようとした途端に怒られて怯んでしまった。
「あれぐらいさっさとしなさいよね。あんたの前の型のほうが賢かったわ」
 そう言いながら、マスターは商品を確認し始めた。
 私の前の型――
 私がマスターに出会ったのが2ヶ月前。そのときには、ここに他のティーテレスはいなかった。
 そのティーテレスはどこへ行ってしまったのだろうか……?


 午後7時5分44秒――
「あっ……!」
 やってしまった。
 私はいま、夕食の準備中だった。
 けれど、先ほど来客を知らせるチャイムが鳴り、そちらのほうを対応してきた。
 そして私はその間、火をつけたままにしてしまったのだ。
 私はそっと鍋の底を確認する。予想が外れていますように……!
 しかし、現実はそう甘くなかった。
 鍋の底にはしっかりと焦げ目がついていた。

 バチンッ!と鋭く頬を叩かれた。
 衝撃でおもわず私は倒れてしまった。
 あわてて起き上がろうとするも、マスターは倒れた私を蹴り飛ばした。
「――っ!」
「このっ!不良品!!」
 マスターは怒りにまかせて私を蹴り続ける。その度に私の体から鈍い音が響く。
 ティーテレスには擬似神経が備え付けられているから、『痛み』を感じる。
 けれど「痛い」なんて言ったら……。
 ガンッ!と、嫌な音がした。
「あ――」
 後頭部を蹴られたときに内部を傷つけたのか、エラー表示が出ている。
 これ以上は、駄目だ。
「マ、マスター……!」
「黙りなさい!『人形』の分際で『人間』に口答えするの!?」
 私が発言したことでマスターはさらに怒り、ついに取り出したのは『私』を制御する装置で――



 ……気がついたときには、見知らぬ場所にいた。そばには、機械の成れの果てと思われる部品が散乱していた。
 聞いたことがある。この町には、機械を解体する大きな工場があると。
 ここが、そうなのかな…?私も、解体されるのかな…?
 解体された人形がどうなるのか、なんて聞いたことが無い。
 私、どうなるの……?
 ……足音が聞こえる。
 本当に、私を解体するのかな……。
 せめて、痛くありませんように――



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