手よ届け

 ある夜のことだった。
 いつも通り月を見上げていると、どこからか同胞(ネコ)の声が聞こえた。
 ……ん? この島には私以外の猫などいなかったはずだ。
 もしや、侵入者――いや、侵入猫か! すぐさま追い出さなくては。
 ここは私の縄張りなのだ。
 勝手に他猫に乗っ取られるわけにはいかん。
 私は声の元へと向かう。
 恐らく声からして相手は子猫。生後3か月過ぎあたり。
 ……まぁ、それくらいならば軽く言い聞かせるだけでいいか。
 手荒なことをすると、島の住民たちを困らせてしまうしな。


 ソイツは島の中ではわりと高めな木の上で、ニャーニャー鳴いていた。
 必死に前足を空へ伸ばして、まるで何かをつかもうとしているかのようだ。
 ――って、それ以前に落ちそうなんだが?!
 ちょっおま、その木は高いがそのぶん脆いんだぞ!
 アイツが子猫だったから登れたんだろうが、危ないことには変わりない。
 私は急いで降りるように声をかけたが、無視。
 ……お、落ち着け。高さがあるから気づいていないだけだ、うん。
 ちょうどそのとき、強めの風が木を大きく揺らせた。
 木が揺れ、バランスが崩れたソイツは思った通り真っ逆さまに――って見てる場合じゃない!!
 これでも私は『アイツ』から逃げ続けただけあって足には自信がある!
 間に合え――っ!


 ギニャ!!?


 ……全身が、痛いぞ。2秒ほど息もできなかったし。
 二度とごめんだ、こんなことは。
 ――で、元凶であるオマエはなぜ逃げる!?
 おいコラ待て! せめて礼ぐらい言わんか!

 ……行ってしまった。
 まぁ、いい。入っていった家はわかったしな。
 そういえば、あそこは確か昨日ぐらいに引っ越してきたところか?
 なるほど……アイツはあそこの飼い猫だな。
 よし、明日きっちりお返しせねば!




 あくる日の夜。
 私はそっとヤツの家を見張っていた。
 ここは私のテリトリーだからな。隠れ場所など山ほどある。
 ……お、出てきた出てきた。私には――気づいていないな、よし。
 一定の距離を保ちつつ、このまま追いかけるぞ。


 着いたのは、やはり背の高い木のところだった。
 小さな足を懸命に使い、必死に木を登る姿に私は――ちょっと感動してしまった。
 ちょ、ちょっとだけだぞ!?
 そして、なんとなくだが私は気が付いた。
 アイツも――私と“同じ”なのではないか……?
 ここはきっちり話しておくか。

「おーい、降りて来い! 話がある」

 私の声に驚いたのか、ソイツはまたしてもバランスを崩した。
 あぁ、またこの展開なのか――!!


 ブニャー!!


 痛いぞチクショウ。まぁ、今回ばかりは私の責任だ。
 だから逃げようとするな! 
 別に取って食うわけじゃないんだぞ。
 ……ようやく大人しくなったか。

「なんで木の上なんかに登ってるんだ?」

 こういうのはストレートに言うのがいい。
 しかも今回は同胞だから言葉が通じるから楽だ。

「……お星さま、ほしい」

 は? 星?
 星なんかとってどうするんだ?

「おばあちゃん、いるの」

 ?? どういうことだ、つまり?



 何度か聞き返し、ようやく理解した。
 こいつの生まれた場所では、死んだ人間は星になるといわれてるようだ。
 そして、野良だったコイツに優しくしてくれた老婆が先日亡くなったらしい。
 その老婆の息子夫婦がコイツを引き取ったらしいが、コイツは老婆がいいと駄々をこね、そして――

「星に、手を伸ばしていたのか」

 老婆に戻ってきてもらうために、老婆の星を探していたとのこと。
 ……うすうす感じてはいたが、やはりコイツも私と同じなのか。
 同じだからこそ、気持ちはわかってしまう。
 だから――

「手を伸ばすのは禁止だ。見るだけにしろ」

「でも……!」

「怪我でもしたら、そのおばあちゃんも困るだろ?」

 やめさせるとこは、しない。
 せめて見上げるだけにさせなければ、いつかコイツは死んでしまうかもしれない。
 ……それだけは、ダメだ。

「おばあちゃん……!」

 ソイツは、一晩中泣き続けた。




「いい夜空だな」

「にゃー……」

 月と星は、夜の島をほんのり照らし続けている。