ある男の話をしよう――
その男は錬金術師であった。
『無から有を生み出す技術』と呼ばれるその術を、男は物心ついた時から自在に扱うことができた。
男は、自らのその力を知らしめるため、国中の人々に錬金術を使った。
金に困った者には大量の金を生みだし、
死に瀕するものには良薬を調合した。
男の名はたちまち国中のものに知られることとなった。
そして、病に倒れた国王をいとも簡単に治してみせた男は、最高の名誉を授かった。
男はそれからというもの、どこか傲慢になっていった。
自分に出来ぬことなどない――そう、自惚れていったのだ。
ある時、男は辺境にある村を訪れた。
その村の長の娘が『不治の病を患っている』と風のうわさで聞いたからだ。
男は村長に申し出た。
「私があなたの娘を救ってみせよう」と。
けれど、村長は恐怖に身を震わせながらこう言った。
「なりません。わが娘の病はとても恐ろしいのです」
男が詳しく聞こうにも、村長は頑なに首を横に振るばかり。
仕方がなく村民に聞いてみるも、こちらも同じような反応をするだけだった。
埒が明かず憤った男は、村長を無視して娘の元へと向かった。
美しい娘だった。
雪のように白く、柔らかな黒髪を結い上げたその姿。
とても不治の病を患っているとは思えないほど、その娘は美しかった。
男は高らかに、娘へ告げた。
「私が、あなたを必ず救ってみせよう」
それを娘は、何の関心も持たない様子で黙々と筆を動かしていた。
そこで男は気が付く。
娘の正面には、まだあまり描かれていないキャンバス。
すぐそばの机の上に、大量の絵具が散乱しているのを。
娘は、一心不乱に絵を描いていたのだ。
改めてよく見ると、部屋中に彼女が描いたと思われる絵が飾られていた。
描かれているのは、人。
みな、嬉しそうに笑っていた。
それらを見た男は、再び決意する。
「彼女は死ぬべき存在ではない。私が救ってみせる」と。
それ以降、男は毎日薬を手に娘を訪ねた。
しかし、結果はすべて無残なものだった。
まず、彼女がどのような病気を患っているのかさえ男は知らなかった。
娘はもちろん、村の者たちもそろって口をつぐんでいたのだ。
それでも男は、さまざまな薬を調合し娘に渡していった。
男が娘を初めて訪ねてから、早一ヶ月が過ぎようとしていた。
いつものように薬を渡そうとするのを、突然娘が止めた。
「もう、やめてください。このままだと、わたしはあなたを殺してしまう」
そう、泣きながら娘は言った。
男が驚きつつも、理由を尋ねると娘はポツポツと語りだした。
彼女の病は『周りの者から生命力を奪い取る』というもの。
奪った生命力はそのまま彼女のものとなり、奪われてしまった者は衰弱死してしまう。
それゆえ、多くの村民が犠牲となった。
娘を恐れた村民は彼女をこの部屋へ閉じ込め、彼女もまた誰ともかかわらず生きていくことを決めたのだ――と。
男は、絶句するしかなかった。
娘を救おうとすればするほど、他者が犠牲となる――そんな病を、どう治すというのか。
呆然とした男は、気づかぬうちに娘の部屋から離れていた。
それから、男は来る日も来る日も悩んだ。
薬も作らず、ただ悩むだけの日々を送っていた。
娘を救いたい気持ちは変わらない。
けれど……殺されたくない、と思う気持ちもある。
何日も悩み、悩みに悩み――男は、ある本を手に取った。
真実を知ってから、半月が経過した。
男は再び、娘の部屋を訪れた。
娘は驚く。
彼が現れたこともそうだが、それ以上に――彼の容姿が、驚くほど変化していたのだ。
健康体であった体はやせ細り、髪は真っ白に脱色していた。
だが、瞳だけは恐ろしく暗い光を放っていた。
思わず後ずさる娘を、男は静かに見つめた。
「――な、なぜ……またやってきたのですか? 死にたいのですか!?」
娘の叫ぶような声に、男は薄暗く笑う。
「いいえ、言ったでしょう? 私はあなたを必ず救う、と」
そして、身も凍るような声で告げた。
「私はようやく気が付いた。――病に侵された体などに拘らなければよかったのだ、とね」
娘がその言葉の意味を理解する前に、彼女の意識は遠のいていき――二度と、目覚めることはなかった。
「もうすぐ……もうすぐだ……」
真っ暗な部屋の中。
とある男が、机の上に設置されたフラスコを覗き込みながら囁いた。
フラスコの中には、不気味なほど眩く光る透明な物質が浮かんでいた。
それは、まるで生き物のように鼓動を繰り返す。
まるで――今にも産まれようとしているかのように。
「もうすぐだよ……Homunculus」
これが、男が最後に紡いだ言葉だった。