小鳥の贈り物

 シネラリアは一本の枝を手に、墓地へと続く道を歩いていた。
 黒く美しい髪は灰によって濁り、真っ黒な服で身を包んだ姿。
 それでも彼女は顔をあげ、気丈に振る舞っていた。

 墓地に入り、一番奥のもっとも小さな墓標の前に膝をつき――

「お母様……」

 と、かすれきった声で囁いた。

 そう、この墓は彼女の実母のもの。
 つい先日、彼女の母はこの世を去った。
 彼女はそれを悲しみ、そして乗り越えようと心を決めたばかりだった。
「再婚……ですって。私、とてもじゃないけど信じられない……!」
 それが、彼女がここを訪れた理由だった。
 彼女の実父と、継母になるであろうその存在との結婚。
 ただの再婚であれば、まだ許せただろう。
 けれど。
「まだ、一か月もたってない! なのに、どうして……」
 そう言って、蹲る。
 瞳からは無数の雫が溢れ、それを止めるものはない。
 彼女は心の赴くまま、泣いた。

 ようやく彼女が泣き止んだとき、すでにあたりは赤く染まっていた。
「お母様、今日はもう行きます。……また、来ると思うけど」
 最後に、持っていた木の枝を墓のすぐわきに植えると、重い腰を上げ家路を目指した。




 二、三日に一度という頻度で、シネラリアは墓地を訪れていた。
 母の墓の前で語るのは、継母や義姉たちにされたイタズラや、変わっていった実父のこと。
 そのたびに、不思議なことが起こっていた。
 植えた木の枝が成長しているのだ。
 最近では、小さな木といっても差支えのないほどに大きくなっていた。
 ある日のこと。
「……あら? 小鳥……」
 木に、真っ白な小鳥がいた。
 巣を作るわけでもなく、じっと、シネラリアを見つめていた。
 まるで、怪我をしていないか探っているかのように。
「知ってるの?」
 無意識のうちに、左の手のひらに触れる。
 それは今日、義姉のひとりにスープをこぼされて火傷してしまった場所だった。
 そういえば、とシネラリアは思い出す。
「お母様にも、すぐ見つけられたなぁ……」
 
 それから彼女は、その小鳥にも話しかけるようになった。
 小鳥はいつもその木にいて、木もまた成長し続けた。




 またある日のこと。

「今日はお城で舞踏会があるんですって」
 少しだけ残念そうにシネラリアは言った。
「試しに『私も連れて行って』なんて言ったら、叩かれてしまったの。残念……」
 シネラリアとて、美しいドレスを着てみたいという願望ぐらいある。
 けれど、それは今の生活ではとても叶わない望みだった。
 大きく成長した木、そして小鳥に彼女は問いかけた。
「ねぇ、私も舞踏会に行きたいの。どこかにドレスとかないかしら?」
 もちろん、返事なんて期待していない。
 彼女の心にあるのは『お母様なら、私も連れて行ってくださった』ということだけだった。

 帰ろうと墓に背を向けた瞬間、物音がした。
 振り向くとそこには、信じられないほど美しいドレスが落ちていた。
「――うそ……!?」
 呆然とするシネラリアに、小鳥は歌うように鳴いた。




「あのね、友達のアイリーンが病気で苦しんでいるの。何かいい薬はないかしら?」
 ぽとり、とシネラリアの手に小瓶が落ちてきた。
「(これで、三回目……)」
 それは、小鳥が彼女にものを落とした回数。
 舞踏会が終わった後、こういったことが起こるようになっていた。
「ありがとう、小鳥さん。また来るわ」
 シネラリアがお礼を言うと、いつも通り小鳥は歌いだす。
 その歌声を背に、彼女は帰路につく。
「(小鳥さんは、どこまで願いをかなえてくれるのかしら?)」
 ちょっとした好奇心。
 それを止めることはできなかった。


「小鳥さん、私ね……王子様と結婚するのが夢なの」
 無理だろう、と思いつつも小鳥に話しかけるシネラリア。
 案の定、小鳥はただ歌うだけで何も落としてはくれなかった。
「(やっぱり……)」
 少しでも期待した自分自身に嫌悪する。
 これでは継母や義姉と同じではないか、と。

「ただいま帰りました……」
 声は予想以上に小さかった。
 そんなにもショックだったのが、尚のこと彼女を落ち込ませた。
 ふと気が付く。
 屋敷がいつも以上に騒がしいのだ。
「(あの人たち、また何かしたのかしら?)」
 叱られることを頭に置き、騒動の中心と思われる応接間の扉を叩いた。
「ただいま戻りました、シネラリアです」
 そう言って、遠慮なく扉を開ける。
 中にいたのは――




「小鳥さん。あんな願いまで叶えてくれたんだね」
 そう呟く彼女は、純白のドレスに身を包んでいた。
 場所はいつも通り、母の墓の前だ。
 晴れ姿を見せてあげたい、と我がままを言って来たのだ。
「ありがとう。私、とっても幸せだよ」
 浮かべるのは満面の笑顔。
 それを小鳥は、嬉しそうに鳴いていた。
「これからはあまり来れなくなっちゃうけど……それでも、絶対来るから」
 時間だ、とそばに控えていた男性が告げた。
 それに頷き、シネラリアは墓に背を向け――
「そういえば、あの人たちにもこの姿見せてみたの」
 と、背を向けたまま言った。
「……不細工、だって。ちょっと悔しかったな」
そして、笑いながら続けた。
「あの人たちも、なにか痛い目に合えば、あの性格治るかな?」
 そう言って、シネラリアは迎えに来た馬車に乗った。
 それと同時に小鳥が飛び立ったことを、彼女は知らない。