雨が降っていた。
「……」
雷鳴が遠くから聞こえる。今夜はひどい嵐になりそうだ、と夕方のニュースで言っていたのを朧気ながら思い出した。
「………………」
時刻はすでに深夜を過ぎ、丑三つ時へと至る間近。
そんな時間にひとり、少女が暗い瞳で机に向かっていた。
「…………………………」
長い日本人形のような黒髪に学校指定の半袖ブラウスとスカートを着た彼女は、微動だにせず自身の勉強机に乗ったものを見つめている。
目は何処か虚ろ。唇を僅かに噛み締めていた。
「……………………………………」
彼女は、迷っていた。
自身がこれからする行為を、本当に実行するか、否か。
方法は分かっている。既存のものに彼女独自の改良を加えたものなので失敗する可能性は高いが、それでよかった。
失敗しても成功しても、彼女は危険な目にあって死ぬことに変わりはないのだから。
――――――ちりん。
「――――っ!!」
机の脇に置いてあったスクールバック。そこに付いているキーホルダーの鈴が可愛らしい音を立てた。
触れてもいないのに、と少女は驚愕で眼を見開くが、何のことはない。雷の振動が伝わり自然に揺れただけだった。
だが、それがただの偶然とは思えなくて。
「…………止めてくれたのかな」
脳裏に浮かんだ、ひとりの姿。
同級生で、人付き合いが苦手でひとり孤立していた少女に話しかけてくれた唯一の人。異性であるにもかかわらず、彼と一緒にいるのは全く苦にならなかった。似た者同士だったから、言葉が無くてもほとんど気持ちを共有できていたからだろう。
だからこそ、少女は決意した。
机に置かれていたものを手に取る。
可愛らしいぬいぐるみだった。ウサギを模したもので、大切にしてきたのだろう。古めかしくも綺麗な姿をしていた。
名前こそなかったが、少女の大事な友達。
「やっと、あなたに名前を付けてあげられる」
物心つく前からお気に入りだった。彼女の半身同然で、呼ぶ必要もなく常に傍にいてくれた。
辛い役目を押し付けてしまうことに、少しだけ申し訳なくなる。だが、ほかに適任もいなくて。
「あなたの名前は――――【 】」
雷光がカーテンの隙間から差し込む。
黒いビーズの瞳に一瞬だけ青白い光が灯った。
「あなたなら、絶対わたしを見つけてくれるよね? だから……お願い」
じゃきん。
ぬいぐるみの横に用意されていた、裁縫用の裁ちばさみを噛み合わせる。
少女は迷わなかった。いまからこの子にすることがそのまま自分に返ってくることになるとしても、彼女の決心は堅い。
「わたしは呪って、祝うよ。わたしが死んで、あなたが生まれてくることを」
じゃきんっ!
――――――――――――――――もういいかい?
声なき声が、始まりの合図を告げた。