精一杯の祝花を
「────ゴールドソーサー?」
「うん、みんな行きたいって」
唐突な提案に、クラウドはその単語をオウム返ししてしまった。
次の目的地を一行に尋ねたのはそう珍しいことでもない。いつの間にか人数の増えた星を救う旅路は、黒マントの行動や良き人の助言などである程度の指針はあるものの、基本的には明確な行き先が定まっていない。今はとくに早急な用事もなく黒マントの姿も見えない。どうしようか、とクラウドが全員を振り返りながら問うたのに真っ先に手を上げたのはエアリスだった。
ゴールドソーサー。誰もが一度ならずとも遊びに行くことを願う、綺羅びやかに輝く夢の国を模したテーマパーク。子供が夢中になるアトラクションの数々に、大人がのめり込むチョコボレースや闘技場まで。娯楽のすべてを詰め込んだ、コスタ・デル・ソルと対を成す観光地であるその場所は、かつて一度クラウド達も訪れたことがある。思い思いに楽しんでいたが、とある事件が発生した後はなに崩しに離れることになってしまい、そのすべてを満喫したとは言い難かった。
しかし今は切迫した状況ではないものの、悠長に遊んでいられるほど暇でもない。どうしたものか、とクラウドが考えようと腕を組むと。
「……だめ?」
「──────っ」
エアリスが小首を傾げながらクラウドを覗き込む。純粋なその瞳に弱い自覚があるクラウドは、その視線を受けて思わずたじろいてしまった。そうなっては最早後の祭りであり。
「バレット、前はあんまり楽しんでなかったよね。面白かったアトラクション教えてあげる」
「お、おぅ」
「あー、ボクも園長に挨拶せんといかんかったですわー!」
「オイラあれ乗りたかったんだ!」
「ねーはやく行こーよー!」
満場一致──クラウドを除いて──の賛成に、意見を挟む余裕などあるはずもなく。キラキラとその瞳を輝かせているエアリスへ向けて、クラウドは降参の意を込めてため息とともに縦に首を振った。
***
シドの協力を得て一行がゴールドソーサーへ到着したのはまだ日が高い時間だった。
「いつも夜だったから新鮮だね」
「そうだな」
空から日光が注ぐ中、ゴールドソーサーは静かに佇んでいるようだった。華やかな光源に照らされている印象が強いため少しばかり違和感を覚えたが、そういうものだろうと受け入れて入場ゲートへと進む。以前訪れた際にクラウドがゴールドソーサーの園長ディオとエキシビションマッチを行った礼に受け取ったパスを懐から出していると、ゲートの前に立て看板が出ていることに気がついた。
なんだろう、と足の速いユフィとナナキが駆け寄ると、次の瞬間につんざくような叫び声が響く。
「えーーーーーっ??」
「ウソォ??」
二人の悲鳴を受けて仲間たちが顔を見合わせる。なにか非常事態だろうか、と足早に近づくとクラウドたちの目にもその看板に書かれている内容が入ってきた。
『本日 貸切営業』
「ちょっとケット・シー! これ聞いてないんですけど!」
「ボクに言われても……あ、そういやぁ毎年恒例のアレがありましたっけ」
ユフィがケット・シーの首根っこを掴んでブンブンと激しく振ると、思い出したかのようにケット・シーの声色が焦りを帯びて沈んでいく。
「貸切なんてあるんだね」
ティファも残念そうな声ではあったものの、意外だと目を瞬かせる。
「ディオはんの意向で、毎年このぐらいの時期に親が居ない子どもたちを大勢招待してるんです。抽選やけどアトラクションも飲食もぜーんぶ無償(タダ)で提供する大盤振る舞いですわ」
「さすが、だね」
「タイミングは最悪だけど」
神羅という大企業だからこそ出来ることではあるが、楽しみを奪われたユフィはケット・シーを離すとがっくり項垂れてしまう。ナナキは口にこそ出していないものの、火の灯る尻尾を不満げに揺らしてショックであると行動で示していた。他のメンバーも落胆の色を隠せていない。
そんな中、クラウドはふと疑問に思う。
「……貸切とはいえ、中の照明がなにも点いていないのは良いのか?」
一行の眼前に広がるゴールドソーサーは、差し込む日差しによって分かりづらくなっているが電飾に一切明かりが灯っていない。よくよく見れば、自慢のゴンドラや他のアトラクションも稼働していないようで動く素振りが無かった。
いくら貸切の営業とはいえ、ケット・シーの話を聞く限りでは盛況になっていなくては不自然だろう、というクラウドの意見に同調するように全員が内部を覗き込んでは首を傾げる。
「確かに……それに、すっごく静かじゃない?」
「子供たちはまだ来てないのかな」
「来てへんとしても、アトラクションも何も動いてないのは変やな……」
会場を彩る明かりだけでなく、様々な音楽や華やかに笑う声が止まないのがゴールドソーサーの特徴でもある。それらが存在していないような雰囲気に、異常事態の気配を否が応でも感じざるを得なかった。
そんな時だった。
「おや、諸君! ゴールドソーサーへようこそ」
聞き覚えのある声に、全員の視線が集まった。
逞しい身体を隠そうともしない、輝くベルトとマントを棚引かせながら入場ゲートよりこちらへ向かってきたのは、言わずと知れたゴールドソーサーの園長たるディオであった。他のキャストの姿は見えないことから、入り口付近で戸惑っていたクラウドたちの存在に気づいた彼が自ら出てきてくれたのだろう。
「しかし申し訳ない。今日のゴールドソーサーは────」
「園長! 貸切って毎年のアレですか?」
ディオの言葉を遮って、ケット・シーが前に出て看板を指差しながら問うた。
「ああそうだとも。しかし……少しばかりトラブルがあってだね」
「それは、アトラクションが動いていないことに関して?」
言い淀むディオはクラウドの追求に対し、わずかに視線を彷徨わせる。ゲストであるクラウドたちに伝えていいものか悩んでいるようだった。しかしトラブルと聞いて、一行が何もせず立ち去ることを良しとしないのはこの旅を通じて周知の事実となっていた。
「なにかあったのなら……」
「〝なんでも屋〟にお任せ、だよ!」
「子どもたちのためなら、少しでも手伝いたいです」
「報酬は安くはねぇけどな!」
最初に口を開いたクラウドの言葉を引き継いで、仲間たちが続々とディオへ協力の申し出を伝えていく。屋号すら言われてしまったことに何とも言い難い感情を覚えながらも、クラウドはまっすぐディオへと視線を向けて同意を告げた。
「君たち……確かになんでも屋の噂は聞いている。それにこれから来る予定の子どもたちのことを考えると────うむ」
クラウドたちの思いが届いたのか、ディオは皆を手招くと入場ゲートを潜った。
「実はな、ゴールドソーサーを支える魔晄炉をモンスターに襲われてしまって」
「じゃあ退治しなきゃ!」
「いや、それはもう既に何とかできたんだが……ご覧の通り、電力が戻って無くてだね」
無反応のゲートを越えて、ゴールドソーサーの内部へと足を踏み入れた一行はその静けさに思わず目を見張った。目が痛くなるほどの電光も、耳を震わす無数の音も無いゴールドソーサーはこれ程に静かなものなのかと愕然としてしまうほどに。
「魔晄炉は駆動しとるんです?」
「損傷箇所が悪く、少なくとも今日は難しいらしい。あと二時間ほどでゲストの子どもたちが到着するのだが、どうしたものかと先程からずっと頭を抱えていてね」
親を亡くした子どもが一日だけでも何のしがらみもなく楽しめる空間を提供すること──それを実現するためにディオが催したその企画は毎年歓迎されており、今年の子どもたちも今か今かと待ちわびていることだろう。それらを事故とはいえ反故にするのはゴールドソーサーの園長として許せない、と語るディオに誰もが口にせずとも同調したのは早く。
「多少の電力ならマテリアの〝いかづち〟とかで何とかならないかな」
「緊急時用の自家発電装置くらいあるだろ。それとマテリアで少しくらいは持つんじゃないか」
「アトラクションは動かなくても、簡単なパレードみたいな感じのは出来るんじゃない? 人は居るんでしょ?」
「前見た召喚獣のお出迎え……あれは立体映像だったけど、召喚マテリアで呼べば似たようなことできないかな」
次々と意見が飛び交う。一歩間違えれば事故に繋がりかねないような提案も、旅をする中で幾度となく経験を積んできた故に出来るだろう、と話が固まっていった。
「はーい、ユフィちゃん召喚マテリア役やりたい!」
「オメエはパレードに回れ! 手裏剣当てんなよ」
「けち! そんなヘマしませんよーだ」
「ヴィンセント手伝ってくれるの?」
「……裏方だけだ」
「どうせならシドも呼んでこようよ。人手はあるだけ助かるし」
出揃った意見をディオも交え実行するものを絞り、役割担当を振り分けていく中でヴィンセントとシドも合流して更に計画を練っていく。子どもたちがゴールドソーサーを訪れるまでの残された時間で、少しでも良いものとなるよう完成度を上げる。
「クラウド。魔法、こんな感じでいいかな」
「ああ。いざとなったらサポートする」
「頼もしい! ありがとう、頑張るね」
「エーテルの在庫は十分あるから、好きなだけ使ってくれよ」
気がつけば日は傾いていき、ゴールドソーサーはその名の通り黄金色に染まっていった。それを合図としたのか、ひとつひとつと電灯に明かりが灯されていく。
「入り口と最初の広場までだろ? こんなもんで良いか?」
「十分だ。ありがとう」
一行が旅の中で育てたマテリアと自家発電装置を用いた、場所を限定した電力供給は想定通りに行われた。大掛かりな仕掛けを動かさない限りは一晩程度なら保つ見込みで、急ぎ配線整備を行ったのはシドが中心だった。艇の整備と似たようなものだ、と笑っていた横でマテリアへ魔力を注ぐのはヴィンセント。長時間の見込みのため交代で行うはずだったそれをひとりで十分だと断った彼は、いつも通りに眠そうな顔でありながら目はずっと開いたままだった。
「そろそろゲストの入場だ。皆、準備は良いか??」
「ああ」
入場ゲートが見える、少し高所に並ぶのはクラウドとエアリス。二人は最初の目玉である召喚マテリアの呼び出しと制御の担当だった。メンバーの中で一番マテリアの扱いに長けているエアリスは当然ながら、クラウドも魔力が高くそれ以上に細かな調整が上手いことから他薦されての抜擢だ。
「うぅ、緊張しちゃう」
「落ち着け。動揺は召喚獣に伝わる」
「うん、わかった。よーし頑張るぞ!」
エアリスの言葉を皮切りに、二人は手にした赤い召喚マテリアへ魔力を込める。戦闘時ではないが力を貸してほしい、と切に訴えるように込めた祈りへ応えるような輝きと共に、赤き巨体のイフリートと氷の女王たるシヴァがその姿を顕現した。
「よし、ケット・シー!」
「任しといてください! ほな行くでー!」
「みんな付いてきてー!」
いつもよりは控えめだが派手で動き出したくなる音楽と共にゲストを先導するのは、ナナキとその背中に乗ったケット・シー。コミカルな動きで子どもたちの周囲を駆け回りながら、その視線と行動を誘導していく。突如として出現したデブモーグリが二人を高く放り投げたかと思えば、その視線の先には優雅に佇む二体の召喚獣が子どもたちを出迎える。心なしか微笑んでいるように見える召喚獣は、悠然とした動きで皆をゴールドソーサーへと誘うのだ。
「上手くいったね!」
「ああ。次の準備をするぞ」
軽いハイタッチを交わしたクラウドとエアリスは、子どもたちの歓声を受けながら次の役目へ向けて場所を移動した。
入場ゲートを潜った子どもたちがナナキとケット・シーの誘導でゴールドソーサーの中心部に集まっていく。そこには園長のディオが深々と頭を下げながら彼らを待っていた。
「ようこそ、我がゴールドソーサーへ!」
再び歓声が沸き起こる中、ディオは悔しげな顔をしながら彼らにアトラクションに乗れないことを告げる。誠意を込めた謝罪をしたい、と言ったディオの意見を尊重した裏で、次の目玉の準備は進められていた。
「ユフィちゃんが華麗に退治してあげるから首洗って待ってなさい!」
「バレット、頼んだよ」
「おう!」
華やかな衣装を纏ったユフィとティファに対し、バレットは黒く厳つい鎧のような衣装で全身を覆っていた。普段なら劇場で使用する衣装を借りたその格好は、まさに悪役を体現していた。
「────それでは、一夜限りの特別パレードをお楽しみください!」
ディオのその声を合図に、バレットが立っていた足場が動き出す。電力が控えめのため動きも緩やかだか、それ故に子どもたちの視線を集めやすい。緊張が走るものの、一瞬落とされた照明によって即座に霧散する。バレットは大きく息を吸うと、声高らかに決められた言葉を叫んだ。
「よくぞ来た、英雄を目指す者たちよ! 我こそは悪竜王ヴァルヴァドスである!」
「みんな! 悪竜王を倒すために力を貸して!」
バレットが登場したのと反対側から、キラキラと輝くドレスで着飾ったティファが登場して子どもたちへ呼び掛ける。
それは有名は叙事詩LOVELESSを土台にしたミュージカル──その設定を少しばかりお借りした寸劇であった。子どもたちを英雄アルフリードに見立てて姫役にティファを、倒すべき悪役にバレットを采配している。ゆっくりと動く土台の上からバレットが空へと向けて腕の銃を放ち、ティファが格闘術を応用したダンスを踊る。
「皆さんの応援で、仲間がどんどん増えてくでー! せーの、頑張れーっ!」
ケット・シーの声に釣られるように子どもたちから声が上がっていく。続いて飛び出してきたのはナナキであった。
「お姫さま、オイラも力を貸すよ」
「ありがとう!」
ティファのダンスに合わせるようにナナキの尻尾の炎が揺れる。音楽のタイミングを見計らってナナキがクレセントムーンを放つと、子どもたちの歓声が沸き立った。
「さあ、もっと仲間が必要やで! 頑張れーっ!」
「しょーがないなあ、美少女忍者の登場だよ!」
煙と共に登場したユフィは観客へ向けて笑うと、そのまま勢いよく飛び上がったと同時に三人へ分身した。そのまま三人共に手裏剣がバレットへ向けて放たれた。慌てた素振りをみせるバレットだったが、手裏剣はスレスレでバレットを避けていった。子どもたちの笑い声が高く響き渡る。
「さーて、クライマックスやで!」
「みんなの気持ちをぶつけて悪竜王を倒しちゃおう!」
その言葉に子どもたちの声援は最高潮に達する。役者たちは子どもたちに気づかれないようにアイコンタクトを取り合いながら、最後の技へ向けて盛り上げていく傍ら、ちょうどバレットが立つ土台の裏側で準備をしていたクラウドとエアリスも武器を構えた。
チャンスは一度。ぶっつけ本番ではあるが、これまで築き上げてきた経験が成功を後押ししてくれている。誰もが失敗するなんて考える暇もないまま、最後の瞬間が訪れた。
「行くよ!」
ティファの掛け声と共にナナキとユフィ、そしてケット・シーも技を発動する構えを取った。実際に当てるわけではないのだが、少しでも照準がズレてしまうと一大事のため全員に緊張が走る。
「はああああああ!」
ティファの闘気スフィアをナナキが爪でバレット目掛けて弾く。それを防がんとバレットが銃弾を放つが、ケット・シーがれいきの魔法を放ち受け止め、出来た氷塊をユフィの手裏剣が砕いていく。
その裏で。
「クラウド、行くよ!」
「来い!」
エアリスが魔力をクラウドのバスターソードへ込め、クラウドは受けた魔力を乗せて上空へ向けて衝撃波のように放った。
そして。
「ぐわああああああ!」
闘気スフィアが命中する直前でバレットが受けたフリをして倒れ込む。それと同時にクラウドとエアリスによる連携技のマジカルブルームによって闘気スフィアは割れて、代わりに大きな花火がゴールドソーサーに咲き誇った。
ゴールドソーサーが割れてしまいそうなほどの歓声が響き渡る。興奮に包まれた子どもたちと袖から現れたディオの拍手を浴びながら、仲間たちは疲れを滲ませながらも笑った。それらを更に称えるように、マジカルブルームによる一発限りだったはずの花火が続々と夜空を彩っていく。
「うちのキャストたちが君たちの頑張りに負けていられない、とやってくれたようだ」
「すごーい!」
止まない歓声を受けながら、ティファを中心としてパレード寸劇に出た面々が子どもたちへ頭を下げる中、クラウドとエアリスは裏側で花火を見上げていた。
「キレイだね」
「そうだな」
「上手く行って良かった」
「ああ」
どうなるかと思っていたが、一団となって取り組んだ達成感を確かに覚えながら安堵の息を吐く。歓声は未だに止まず、まだ誰も裏へは帰ってこない。
そんな時、エアリスがクラウドの前へと躍り出た。
「エアリス?」
どうしたのか、と声をかけるクラウドへエアリスは花火にも負けないくらい鮮やかに笑うと。
「────クラウド、誕生日おめでとう!」
そう、華やかに告げた。
その言葉でクラウドはすっかり自身の誕生日を忘れていたことに気づいた。
「本当はね。今日のゴールドソーサーで、皆でお祝いしようって言ってたんだ」
「……あ、あぁ。それで────」
皆がゴールドソーサー行きに前向きだった理由が判明し、ようやくクラウドは納得がいった。
「えへへ、フライングしちゃった」
はにかむエアリスはクラウドの隣に立つと、視線を花火へと戻す。その頬が僅かに色付いているのは、花火の影のせいだろうか。
「楽しかったね、今日」
「……ああ」
「もっといろんなこと、みんなとしたいなぁ」
「そうだな」
見上げた夜空に咲き乱れる花々が、星と重なるように細かく散っていく。その一瞬の輝きを見上げながら、クラウドは小さな声で告げた。
「ありがとう」
皆と協力して乗り越えたこと、誕生日を祝おうとしてくれたこと、そしてこうして一緒に居てくれること。それらすべてに対して、クラウドは不器用な笑みを浮かべながら礼を言うのだった。