シトラス
「いやーありがとな、なんでも屋!」
常夏の楽園──コスタ・デル・ソルはいつも通り清々しい日光が降り注ぐ快晴だった。元気の良すぎる太陽に負けないくらい大きな声を掛けてきたセーラー服が眩しい水兵へ、クラウドは軽く視線を向けた。
旅の途中、主に女性陣からの提案で幾度目かの訪れとなったコスタ・デル・ソルで、クラウドはビーチを横目に大きな船舶を背景にしながらバスターソードを背負っていた。街に入って早々に声を掛けてきたのは港の水兵のひとり。仲間のひとりであるシドが所有する小型飛行機──残念ながらいまは自慢の翼が折れてしまっているのでただの小型船だが──を港に着ける際に顔を何度か合わせたことがあるその人は、何やら切羽詰まった様子でクラウド達一行の方へやってきた。聞けば本日、とある裕福層の団体が訪れるらしく、しかし警備に割く人材が不足しているらしい。コスタ・デル・ソルの町長が突然姿を消したこと──隠し金庫を破られたのがよほど堪えたようだ──もあり、そのあたりの手続きが上手く行っていないのは想像に難くなく。もともとビーチでのんびりする、なんて似合うはずもない男性陣が暇つぶしがてらに依頼として引き受けることとなったのだ。
「別に、依頼だからな」
そう言うクラウドの格好は普段のソルジャー服ではなく、コスタお馴染みのリゾートウェア──でもない。黒を基調とした水兵のセーラー服だった。裕福層の目に入る可能性を考慮し、警備関係者だと一目でわかるよう貸し出してくれたのだ。バレットは自前の白いセーラー服を着ていたが。水兵が纏うことを想定した作りのためか、クラウドがいつも通りにバスターソードを振りかざしても特に問題なく動くことが出来る。心なしか日差しの熱が軽く感じられ、予想以上の着心地にクラウドは密かに感心していた。
「そういえば遊泳禁止区域のモンスター討伐もしてくれていたんだったな。あれのお陰で無事に船も着けれたし、本当に助かったよ!」
「……もうしばらく危険は無さそうだな」
警備対象の裕福層は貸切エリアのビーチで楽しそうに賑わっていた。彼らはあと数日はここの高級ホテルで過ごすらしく、クラウドたちの警備も港からビーチ到着までが主なところだと聞いていた。クラウドの言葉に水兵は幾度目かの礼を言いながら、少なくない報酬を手渡してきた。
「よかったらその服もあげるよ。どうせ俺達のも使い切りみたいなもんだからな」
「そうなのか」
「常に重労働だからな!」
冗談なのか本気なのかはわからないが、洗って返却する手間を考えればそのまま受け取ってしまったほうが楽だろう、とクラウドは遠慮なくセーラー服を貰うことにした。水兵と別れ、仲間たちに依頼終了の旨を伝えながらコスタ・デル・ソルの大通りを進む。
そんな時だった。
「────あっ、クラウド! お仕事、おわった?」
背後から朗らかな覚えのある声がして、クラウドは足を止める。声の主がエアリスなのは明白で、そういえばと一瞬思考が飛ぶ。女性陣はビーチに行きたがっていたのでおそらくリゾートウェアに身を包んでいるだろうと予想して、更にどちらのウェアを選んだのか気になったのだ。最初にコスタ・デル・ソルを訪れた際、様々なイベントに参加してウェアと交換できるチケットを手に入れたのはまだ記憶に新しい。各自一着あれば十分だったのだが勝手がわからず挑戦し続け、いつの間にか二着分入手していたのだ。せっかくなので交換したデザイン違いのウェアを、エアリスとティファはコスタを訪れる度に代わる代わる着飾っていた。
はたして今回はどちらを選んだのか、少なからず関心を抱くのを隠しながらクラウドはゆっくりと振り返って。
「………………え」
「あっ、セーラー服だ! すごい、似合ってるよ!」
まったく知らない、降り注ぐ陽光のように眩く輝くドレスを纏ったエアリスがそこにいた。
クラウドが知っているのは、普段のエアリスと同じようにピンク色を主体とした二種類のウェア。しかし、いま目の前にいる彼女が纏っているのはそれらとは違い、白の下地に柑橘系の果物がデザインされたワンピース。膝丈のタイトスカートの上にシースルーを重ねており、ふわりと風を受けて優雅に揺れていた。
「その、服……」
「えへへ、どうかな?」
クラウドは動揺していた。ようやくどちらのリゾートウェアにも見慣れてきたので身構えは十分だったはずなのに、想定を遥かに上回るエアリスの姿を直視して上手く言葉が紡げなかった。なんとか絞り出せた疑問の声に、エアリスは笑顔で話し始めた。
「ほら、前に依頼受けた、水着デザイナーさん。あの人達に会って、新作試してみてほしいって」
「…………あ、あー」
その言葉で以前に受けた依頼を思い出した。水着のデザインに悩むデザイナー達に、エアリスと共にデートをしている姿を見せてほしいという依頼で。慣れないことの連続で、エアリスにあまり気の利いたことも言えず苦い記憶寸前のそれを振り返り、クラウドは吐息のような相槌を返すので精一杯だった。
「さーて、クラウドさん? わたし、まだこの服の感想、聞けてないんですけど」
「────っ!」
狼狽えるクラウドを知ってか知らずか──おそらくわざとだろう──エアリスは小首を傾げながらクラウドへ迫る。さらり、と普段は纏められている後ろの髪が流れ落ちるのがクラウドにはとてもゆっくりと見えた。ドレスに描かれたシトラスの甘酸っぱい香りが漂っているような錯覚と共に、先程まで見ていたビーチに陽光が反射しキラキラ輝くのと同じかそれ以上の輝きが、目の前でクラウドを待っていた。
「…………ふふっ」
ニッコリと笑うエアリスは花のようで、そして今ばかりは太陽のようだった。太陽は直視すると目を潰してしまうのだと彼女は知っているのだろうか、とクラウドはぼんやりと考えながら、エアリスに言うべき言葉を拾い集めた。
「…………よく、似合ってる」
「やった! ありがとう、クラウド」
嬉しそうに飛び跳ねるエアリスを見て、今度は掛ける言葉を間違えずに済んだらしくクラウドは安堵の息を吐いた。
しかし、そう安心するのもつかの間。
「────そうだ! せっかくだからマテリアアイス、食べよう!」
「えっ、あっ────あ、ああ」
きゅっと掴まれた右手に感じる熱に驚く暇なく、エアリスはクラウドの手を引いてコスタ・デル・ソルの大通りを進み出す。引っ張る力は緩やかだったが、暑いコスタにおいてもその熱を振り払うのは困難で。クラウドは引かれるがままに彼女の横で歩くことにした。
「クラウド、何味にする?」
「…………シトラス」
「わたしもそれ食べたい!」
まんまるとしたマテリアアイスは甘酸っぱくて、いつまでも食べていたい美味しさだった。