攻防

 輝く太陽の温もりを浴びながら、満たされた腹とのんびり流れる時間に眠気を誘われる頃合い。クラウド一行は旅の途中、とある街で自由行動を取っていた。ひとりでフラリと姿を消した者もいれば連れ立って買い物やら観光やらで散らばった中、クラウドは無意識のうちにエアリスの後を追った。
「あれ、クラウド──どこか行く?」
「いや…………ボディガード、だからな」
「そっか! うん、一緒に行こ」
 咄嗟に出た言い訳のような言葉に、エアリスは花が咲いたように笑ってクラウドの手を引いた。
 魔晄都市ミッドガルを出て遠く。荒野に聳え立つ廃材の山の景色とは一変し、街中であろうとも花々が美しく穏やかに咲き乱れている。立ち並ぶ店舗には嬉しそうな人々が列を成し、差し込む陽光がそれらを優しく見守っていた。
「あっ! きれい」
 目的もなく二人が街中を歩いていたところ、様々な露店が並ぶ大通りに出たらしくエアリスの瞳が輝き出したのが分かった。その視線の先には主に装飾品を扱う店が複数並んでおり、よく見れば近くには既に品定めに入っている仲間の姿もあった。
「クラウドは見ないの?」
「俺はいい。戦闘に効果的な物は無さそうだからな」
 意外な掘り出し物があるかもよ、と誘うエアリスに断りを入れると、クラウドは大通りの入口にあった大樹に背を預けた。ここならば露店を一通り見守れて、出入りする者も確認しやすい。建前ではあったがボディガードを自称したため、少しでもそれに沿おうと思っての行動だった。買い物はおそらく長くかかるだろう、とこれまでの経験を元にした予想は当たり、楽しそうに露店を見て回るエアリスたちは一向に戻って来る気配がない。
「……フッ」
 当分することは無さそうだ、とクラウドは一息ついたところで、ふと視線を足元へ向ける。意識していなかったが大樹の付近にはいくつもの花壇が設置されており、色とりどりの花が鎬を削り合うかのように咲き乱れていた。花の種類にはまだ疎いクラウドにはそれらがどんな花かはわからなかったが、見知ったあの色彩の花が無いことだけは少しだけ残念に感じていた。
 しかし、そう思うもつかの間に。
「にゃぁ」
「────?」
 物陰からのそり、と緩やかな足取りで小さな影がクラウドの近くへ向かってきた。そこそこに整った毛並みと程よい肉付きの姿をしたその猫は、何処かの家で飼われているのかそれとも住民の善意によって食べ物に困らない生活を送っているのか。人々が多く集うこの大通りにあっても何ら変わらぬ態度のまま、構うことなくクラウドの足元へとやってきた。
「何も無いぞ」
「みゃう」
 餌でも貰えるとおもって寄ってきたのか、クラウドはわずかに視線を向けただけで微動だにしないまま冷たく言い放つ。もともとクラウドはそれほど小動物を好ましいと思っているわけでもない──チョコボは別だが。猫はその中でも過去の諸々を思い起こさせてなんとも言い難い。
 そんな冷ややかなクラウドを知ってか知らずか、気ままな猫はそのままクラウドの靴に尻尾を絡ませる勢いで近寄ったかと思えば、そのまま軽い動きで花壇へと飛び乗ると。

 ──────のし、と。

「あ……」
 日向ぼっこなのか、猫は花壇の縁にそのまるまるとした身体を下ろして目を閉じた。それだけならばクラウドは何も言わず気になることもなかっただろう。
 だか、クラウドはそのよく見える瞳で見てしまった。猫の柔らかな身体の下敷きになった、小さな花の存在を。
「…………」
 どうすべきか、クラウドは悩んだ。猫を退かすべきか否か。気持ちよさそうに目を閉じている猫を動かすのは忍びなく、しかし下敷きになってしまった花の存在にクラウドの心はさざ波がたつ。
 気がつけばクラウドはおずおずとその腕を伸ばして。
「にゃぁお」
「────ッ!」
 一声、気が抜けそうな鳴き声だったが、クラウドは反射的に腕を引っ込めてしまった。
「………………」
 ジッと視線を下に向けたまま、クラウドは冷や汗を流しながら小さくも存在感の強い猫に向かってゆっくりと腕を向ける。しかし、左手の籠手がわずかに立てる金属音に、猫は目ざとく細い瞳孔で視線を飛ばしてきた。
 ここは公共の場であり、猫に罪はない。それは十分に分かっているというのに、クラウドはもう後には引けなかった。
「……どいてくれ」
「にゃーお」
 しばらく同じようなやり取りが続いた後、クラウドは音を上げるかのように小さく呟くが、強者たる猫は我関せずといった風に鳴いて煙に巻くばかり。毛深い胴体の下からわずかに見える花びらが、まるで両者を応援するかのように小さく揺れていて。
「おい、そろそろ退かないと……」
「んにゃ」
「だから────」
「にゃにゃ」
 脅そうとも言葉の通じない猫は動ずることもなく、バチバチとした視線の交わりは続いていて。
 そんな両者一歩も引かないやり取りを。

「あのー、エアリスはん。そろそろクラウドはん助けたったほうが……」
「もうちょっと、もうちょっとだけ!」

 遠巻きに観戦するエアリスと仲間たちの存在にクラウドが気づくまで、あと少し。


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