雨宿りをしませんか
カームの外はグラスランドの広大な草原が広がっていた。そよ風に揺れる草花、駆けていく小動物たち、高い空に雲が流れていく。物も人も何もかもがありすぎるミッドガルの外はこんなにも広々としていたなんて、当たり前のことをあの場所にいると忘れがちになる。離れてから思い出したこの世界を乾いた土を踏みしめながら感じつつ、クラウドはモンスターたちの断末魔を背景に自身の得物を振るっていた。
様々な要因が重なって始まった旅は今なお続いている。目的を共有した仲間との旅路は中々に刺激的ではあるが、四六時中行動を共にすることを強要するわけにもいかない。今は特段急ぐ要因も無いため、カームの街で一日自由行動ということになっている。クラウドはというと、旅の最初にカームを訪れた時に『何でも屋』として顔を売ったことが功を奏したのか、パーティーを解散して間もなく住民から声を掛けられ依頼を受けるに至り。あれよあれよと言う間に気づけば広大なグラスランドの大地を踏みしめながら背負ったバスターソードを振り下ろしていた。
「そろそろ戻るか」
頼まれていたモンスターを討伐したことを確認して、クラウドは予想以上に遠のいてしまったカームの外壁へと視線を向けた。分厚い雲が覆い隠してしまっているが、もうじき夕暮れ時のはずだった。自由行動中とはいえ、無断で街の外まで出てきてしまったことが少しばかり気がかかりで。夜になるまでには戻ったほうが良いだろう、と大剣を背負い直した。
「一雨きそうだな……」
ひとり呟いたその言葉の通り、頭上を流れる雲の動きが早い。風上の方角は重く暗い空色になってきており、通り雨が予想された。元ソルジャーとして雨に濡れるくらい何の支障にもならないが、日が暮れてなおかつ雨となると視野の悪さは決して無視できない。あらぬところで道を間違えてしまえば帰るまでに余計に時間が掛かってしまうだろう。そうなる前に戻るべきだと足早に進む。
草原を駆け、獣たちの足跡を横切り、靴底が石畳を踏み鳴らす最中。
──────ぽつり、と。
「……あ」
頬を濡らす一雫に、思わず声がこぼれ落ちた。
間に合わなかったか、と思うのとほぼ同時に、大粒の雫がひとつふたつと数を増して降り落ちてくる。瞬く間にその数は増えていき、石畳は雨粒によって自由気ままな音楽を奏で始め、駆け足で進む足元では水溜りが存在を主張する。足を取られるようなことにはならないが、靴が濡れる嫌な感覚に思わずクラウドの眉間に皺が寄った。
ソルジャーとしての健脚を駆使し、駆け抜けた先に聳え立つ堅牢な外壁に囲まれたその中の一点。客人を迎え入れるように大きく開かれた門が本降りの雨に遮られながらもようやく視界に映ったことで、クラウドは音もなく安堵の息を吐いた。
「…………ん?」
ふと、クラウドは気づく。雨と黄昏時という視界が効かないその中で、一際よく目立つその色の姿を目にした。
それは春の陽だまりのように温かく、木漏れ日のように淡く澄んだ、それでいて大地にしっかりと根づいた一輪の花のような人で。ぶらぶらと革のブーツを揺らしながら、風に揺れる花よりも忙しなくあちらこちらへと視線を向けているのが手に取るようにわかった。いったいこんな天候の中、何をしているのか。驚きと呆れが綯い交ぜになった感覚を秘めながら、クラウドは一直線に彼女の元へと向かう。
そして。
「────あっ、クラウド! おかえり」
クラウドが口を開くよりも先に、花のような笑みを浮かべた彼女の声が響く。降り続ける雨にも負けない、芯の通った華やかな声だった。
「エアリス、こんな場所で何をしてるんだ?」
もしやクラウドが居ない間に仲間たちになにかあったのだろうか、と思う気持ち半分。もう半分は──それは無いであろうと前置きして──彼女、エアリスはクラウドがカームの外へ向かったことを知って待っていたのだろうか、と。こんな日暮れの雨の中、彼女がこんな場所にいる理由が読めずに本心は覆い隠しながらも疑問を口にする。
するとエアリスは笑いながら濡れ続けるクラウドへ向けて何かを差し伸べた。
「クラウド、傘持ってないでしょ? 雨ふるって聞いて、待ってたの」
ぽつり、と雨音が大きく響く。絶えず頭上に注がれていた水の感覚が止まったことで、クラウドはエアリスが差し出した傘が彼の頭を覆ってくれたのだとようやく気がついた。
「傘なんて……」
「ふふっ、じつはウソ。私が差してみたかったの」
元ソルジャーには必要ない、といった言葉を続けようとしたクラウドへ、エアリスは悪戯が成功した子どものような笑顔でそう告げる。そこにはクラウドを気遣った風な意味は無く、純粋に彼女は楽しみにしていたように見えた。確かにミッドガルのスラム育ちのエアリスは、雨の中で傘を差すという行為自体珍しいことなのだろう。
クラウド達が続ける旅は初めてや未知なモノで溢れている。そんな中でもエアリスは特に初めてが多い立場であり、その初めてを全力で楽しんでいた。これもそのうちのひとつというのなら、クラウドはその楽しみを少しでも続けられるように手助けしたいと思っていた。
だからこそクラウドは差し出された傘を受け取って、エアリスも濡れないように二人の中心に傘を広げた。
「ありがとう。じゃ、戻ろっか」
「ああ」
そうして二人は歩き出す。カームの門から宿屋までの短い道のりではあったが、初めてを積み重ねる大切な時間。
「ねっクラウド──雨宿り、いかがですか?」
「……フッ、悪くない」
ぽつり、ぽつり、と。
唄う雨音に見守られながら、重なった二人と傘の影がカームの街中に埋もれていった。