雲の中の二つ星

 かさり、と目前で緑の葉が揺れる。鋼鉄と魔晄によって形作られた、箱庭のような荒廃した都市にとってその鮮やかな色は一際目を引いた。
 薄暗いスラムの午後のことだった。皆が生きるのに必死でありつつも、ここ伍番街スラムは他とは違って活き活きとした空気が強い。それはクラウドが知る限り二つの理由によってだろう。ひとつは、今クラウドがいるこの場所――孤児院リーフハウスの存在。子供達の無邪気で純粋な笑い声は、人々を自然と活気づかせていた。そしてそれを子供達も自覚しているのだろう。それに甘えることはせず、子供ながらに出来ることへ積極的に取り組んでいた。その健気な様子に好感を覚えない人は少ないだろう。はじめはクラウドも、子供という存在にどう接すれば良いのか分からなかったが、気が付けばその輪の中に加わっていた。色眼鏡無く、真っ直ぐ見つめられ尊敬の念を向けられるという初めての経験は得難いものだった。
 そんな彼ら彼女らに〝何でも屋へ〟と頼まれて、クラウドはかさりと揺れるソレをリーフハウスまで運んでいる途中だった。
 知らない物だった。少なくとも己の記憶には一切当てはまるものがない。元々植物に興味が無いため、碌に名前も知らないのだが。精々わかるのは、今運んでいる物は【花】ではなく【木】の分類になるものだろう、ということだけ。
 それを。
「クラウド、今日は〝七夕〟でね」
「……?」
 くすくす、と零れ落ちる笑いをそのままに、このスラムが活気づいているもう一つの理由である花のような人――エアリスが、まるでクラウドの疑問を汲み取ったかのように説明を始めた。
「おとぎばなし。引き裂かれた夫婦、年一度だけ逢える日なの。そのとき短冊に願いごと書いて、笹の木につるしておくと叶う――そんなお祭り」
 それが笹だよ、とエアリスがクラウドが運ぶソレを指差した。足を動かす度にかさり、と細い葉が揺れ踊る。
 元々、この笹を用意したのはエアリスだった。というのも、この痩せ細った大地で植物が芽吹くのは彼女の周囲以外ない。リーフハウスからの注文でかねがね用意されていた物を偶々クラウドが運ぶことになり――細い木であってもエアリス一人で運ぶには少々辛い長さでもあったため――今に至る。
 それにしても。
「なんでこんな木に吊すんだ」
 細くて簡単に折れてしまいそうだ、と口にせずとも物語っていたのだろう。エアリスは笑いながら本当かわかんないけど、と前置きをして。
「真っ直ぐ伸びるから。二人のとこまで届くかも……とか」
 そう優しく言った。
「どこにいるんだ?」
 二人とは引き裂かれたという夫婦のことだろうか。そう思ったクラウドは次いで浮かんだ疑問を無意識のうちに滑らせていた。それを聴いたエアリスはステップを踏むように軽やかな動きでクラウドの横から正面へと躍り出て、真っ直ぐ頭上へ指を差す。
「遠い――空の上。ふたり、星なの」
「ああ……」
 それは実際にはあり得ないことではあるが、お伽噺であればそういうものだろうと納得した。そして子供達が楽しみにしている理由も理解する。手の届かない場所に憧れるのは誰しも経験がある。
「星空の川――天の川で、ふたり別れたの。でも今日だけ、天の川に橋が架かって……逢えるの」
 でも、と少しだけ声が沈む。どうしたのか、と目をやるのと同時に。
「ここじゃ……見れないけど、ね」
 そう呟いた彼女は変わらぬ笑みを浮かべていた。
 けれど。
「そう……だな」
 見上げた先は鋼鉄のプレートに覆われている。隙間から僅かに覗く空模様はあれど、今浮かぶのは星の煌めきを隠す灰色の雲ばかり。今日はとても、星空は見えそうにもなく。
「……ざんねん」
 星に興味は無いけれど、ついクラウドはエアリスにつられるように鈍くのし掛かるプレートを見上げながら、その言葉に同意を示すように頷いていた。



***




「クラウド。報酬、なにもらったの?」
 
 リーフハウスで夕食までいただき――報酬のひとつと言われれば断り切れなかった――エアリスを自宅まで送っていく最中。子供達から笹のお礼だと渡され、クラウドの手の中で玩ばれている物が気になったのだろう。エアリスが腕を掴みつつ尋ねてきた。
 それに若干戸惑いつつも、隠すような物でもないため素直にクラウドは告げた。
「投影機だ」
 説明するよりも見せた方がわかりやすいだろう、と指先でスイッチを入れる。ちょうど現在位置がエアリスの家に向かう途中のトンネルの中のため、場所的にも最適だった。
 カチリ、と軽い音がこだまする。だがそれを意識するよりも早く。
「わぁ――――!」
「――――」
 暗いトンネルの中いっぱいに、小さくも無数の光が散りばめられた。それは切り取られた夜空を持ってきたというよりは、満天の空を知らない子供が想像だけで描いた星空と言うべきもので、実際の天上とは似つかないもの。それでも、天上があるスラムで生まれ育った人にとっては十分過ぎるほどの輝きを一瞬で与えるもので。
「すごいね、クラウド! とってもキレイ」
「あ、ああ」
 見覚えのある故郷の景色とは明らかな差があるこの光景でも、普段以上に幼くはしゃぐエアリスの姿を見てしまえば比べるのも馬鹿らしくなった。
 これは子供達から笹のお礼に、とクラウドとエアリスへ渡された物。クラウドはともかくエアリスが喜んでいればそれで十分だった。
 しかし、一点だけ告げなければならないことがある。
「けど、古い物だから……天の川は無いらしい」
 七夕のための代物ではなく、空のない場所にでも星空を映すための物であるため、映像はランダムに合成された夜空になるという。その数も多くはなく、彼女の期待すべてに応えられる物ではなかった。
 けれど。
「……ううん。あるよ、ここに」
 そう言って、エアリスは。
 
 ――――ずいっ、と。
 
 クラウドの顔を掴むように覗き込んできた。
「え、ええエアっ、リス――!?」
「クラウドしゃがんでから上見て目開いて!」
 それはイタズラを思いついて実行する子供のように。可愛らしくも無邪気にお願いをする彼女に動揺するあまり、クラウドの混乱する意志はそのままに身体はその言葉通りに動いていく。
 期待を隠さない彼女の真意が読めないまま膝を地面に付き、エアリスを見上げるような姿勢で、キラキラ瞬く天上へと視線を向ける。
 二人の視線が交わった。
「こ、れでいいか……?」
「うん、良い感じ。うわぁ……やっぱり、思った通り!」
 美しいエメラルドの輝きに、これ以上無いくらいクラウドの目が見開く。けれどそんな動揺にも気付かないほど、エアリスはクラウドの瞳――正確には、そこに映っているものだろうか――に感嘆の声を上げていた。
「クラウドの瞳、上の星が映り込んで……すごくキラキラしてる。反射して、煌めいて、瞬いて――星の川、みたい」
「――――」
 クラウドの瞳は魔晄を浴び、常に魔晄と同種の輝きを放っている。それは見る角度や距離によって様々な表情を見せており、このような状況下においては、まさに星空のような輝きを灯していた。
 エアリスの視界に映るソレがどれほどのものなのか、クラウドにはわからない。
 けれども。
「……満足したか?」
「うん」
 たとえ人の手によって作られた紛い物だらけで出来た偽物だとしても、それで彼女が満たされるのであれば悪くない、と思える。
 
「あ、そうだ……二つ星、クラウドの中で――逢えた?」
 
 それは、クラウドの瞳の中でなのか。それとも現実の曇り空の上でのことなのか。はたまた、その両方なのか。
 どちらにせよ、クラウドの答えはひとつだけだった。
 
「そうだな――いつか必ず、逢えるさ」


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