虚偽
そう、この想いの正体など――虚偽に、相違なく。
極星の輝きが、目を、四肢を、心の臓を、魂すらも。余すこと無く、完膚なきまで焼き焦がす、その刹那であった。遠い遠い昔の情景が、まるで水面へと浮かび上がる泡の如く、ゆらりゆらりと湧き上がる。
初めは――そう、好奇であった。
人々の言の葉に乗せられ語られるその名と術の評判。かつて故郷の地に於いて、己に比肩する者は既に無く。些か空虚を抱いていた頃。京の都にて日ノ本一の術士あり、等と。大層な物言いを声高々に語る行商に笑いながら、抱いた念は間違いなく。
会ってみたい。言の葉を交わしてみたい。どれ程の力量か試してみたい。
些か驕りがあったことは認めよう。飽いていたのだ、この平穏にして停滞していた時の流れに。苦渋を舐めた幼少から脱することは才ある身であれば想定以上に容易なことで。あれほど辛く険しいと感じていた弱者の立場から、施し与え術を使役する力を修め礼を尽くされる立場に変わると、呆気ないほど退屈に襲われた。
だからこそ、自ら赴いたのである。結果は――散々であったが。
「道満法師は優れたる術士であらせられる。しかし、もっと極めることを望んでおられるのも、事実でしょう?」
そうもあっさりと秘められた欲を暴いて、笑いながら手を差し伸べて。
「最高最優たる私に向かってなお、そう想える貴方のあり方は実に好ましい」
次に感じたのは――屈辱である。
情けを掛けられたのだ、己は。弱き者であると、欲深き者であると、相対する者には至っておらぬと。そう、言外に切り捨てられたのだ。
悔し、悔し、なんたる恥辱なことか。
噂に違わぬ、むしろ想像を遙かに上回る術の冴えであった。見目の麗しさも、人よりも怪異のそれに近しき魔性を感じさせる美しさ。しかしその性根は、凍てつき平坦としていた。言われずとも感じ取れたのは、何処か似た精神を知っていたからだろうか。
判ってしまった、近しいが故に――己の全てを以てしても辿り着けぬ頂に、彼奴はいるのだと。
だから、次いで抱いたのは――羨望であった。
「まっこと遠きこと……晴明殿は星に手を掛けておられるので?」
「ははは、そんなわけないじゃないですか。まぁ、強いて云うならば」
――――星は、常に我が裡に。
そんなことを戯れに告げられて、もはや口惜しさを感じることも出来ず。ただただ、その輝きに惹かれてしまった。
都を守護する結界、あらゆる事象を見聞きし、明日の先すら知り得る力を持つ者。その双眸には、まさに星の輝きの如し光が見えた。
分からなかった。彼が目にしている情景が。知りたかった。彼の隣の景色を。望んでいた。共に同じ場所で向かい合える光景を。
なのに。
――――我が裡には、呪しか残らぬ。
いつの頃からか、黒髪がぐるりぐるりと輪を描いた。高望みした術は半分を白髪へと変性させた。
望めども臨めども、かの地は遠のくばかり。願えども求めども、かの星はただ天にて眩くばかり。掴めども叫べども、かの者は悠然と微笑むばかり。
いつの頃にか、想うことはただひとつ――憎悪と。
「憎し、憎し、いと憎しや――――――晴明、晴明ィイ!!」
吠え立てるは獣の如し。憎しみ謳うは生霊の如く。心身に渦巻く数多の呪詛怨嗟は瞬く間に、その身を滅びへと誘っていく。それに気付いていながら、止まる術を知っていたとしても、その選択は愚かの極みであると判っていながら。
星を撃ち落とすことだけを、ただ欲して。
「蘆屋道満――おまえは、どうしたかったんだ?」
その問いに返すのはきっと、最期の言葉になるだろう、と。もう一歩たりとも動かぬ四肢を野に晒し、都に災いあれと囁いた声は枯れ、無様で無惨で無為な自らの有様を嗤いながら。己の末路に相応しきものであった。人であることを止め、怪異に成り果てるのを良しとしながら、怨を吐き出す術式紛いの身は、終に――星の裁きを受けようとしていた。
――――轟、と。
神が成りませる音が大地を揺るがす。稲光にも似た閃光が、天より迷うこと無く己に向かって振り下ろされる。
その輝きは、人には過ぎたる業であった。獣には寛大すぎる罰だった。罪には眩くばかりの葬であった。
落としたかった光が、真っ直ぐに、此方へと向かってきてくれる。遍く衆生を見渡し守護する極星が、ただ愚者として足掻いた者へ、その慈悲を与えよう、等と。
なんと、なんとも――あはれであった。
だから。
「…………儂は、」
ずっとずっと、その瞳を、その胸を、その心を、満たし続けた想いは。
「貴方に、ずっと――――
きっと、虚偽であるはずなのだ。