明星
最初は、地に咲く大輪の花なのだと思っていた。
京の都は遠き地ににて。澄んだ夜空を仰ぐと満天が広がる故郷、播磨の国。人の噂を介して運ばれた音の葉による彼の人は、まさに天より地に降り立った極星と言わんばかり。
「なにを、莫迦な。所詮は人の身でありましょうや」
己の才には自信があった。道教の極意のみならず陰陽道を完璧に我が物とした己に、この地において自らに勝る者などあり得ざる。そう断言できるほどの圧倒的なまでの実力。
それ故に、かの噂は甚く耳を障った。
「ンンン、ならば然り。そう――星を撃ち落とすのも、人の役目ならば」
それは星を騙る花であるぞ、と。告げる存在が必要であると胸に突如として湧いた
輝くばかりの、五芒星が目を灼いた。
「初めまして。道満法師」
その声は、その形は、その瞳は。とても、とても――人のものでは、なかった。
交わす言葉のひとつ、指先から描かれる術のふたつ、双眸に映された遙かなる情景のみっつ。どれをとっても人が持ち得ぬ高みにあるものであると、なまじ才を持って生まれた存在である道満には、理解出来てしまった。
これは、いけない。
「晴明殿、拙僧との術比べ……受けていただけますかな」
その行為は愚かであったのだろうか。それでも挑まずにはいられなかった。でなければ、この胸を嫋々と焦がすものを裏切ることになる。それは蘆屋道満という根本を揺るがすだろう。
式は敗れ、術は打ち破られ、呪は届かず。膝を折ても、なお。
「貴様を――星にしてなるものか」
そのためならば幾度も立ち上がろう。新たな術式を編み、あらゆる糧を得て、空から引きずり下ろす。それこそが自らの宿命であると、道満は己に言い聞かせ続けた。
それでも、天に咲く明星は眩しく輝く。
「…………なんとも、遠く」
認めたくはなかった。諦めるつもりはなかった。それでも、目を塞ぐことだけは忘れてしまった。
人は、その名前に命が宿る。それが誠であるのなら、蘆屋道満はどこまでも――地に根を張り、道を満たす只の蘆にしか成り得ぬのだろうか。そして彼奴は、どこまでも晴れ渡る空に光指す、孤高の明星なのだろうか。
――――――否。
「認めぬ、認めぬ、認めぬぞ――――晴明ッ!」
道満を愚かだと嗤う有象無象、其奴らを一切に嘲笑し呪ってみせよう。
たかが一度の命で辿り着けぬのであれば、脆い身体を捨て擬似的な不死を我が物とし。
禁忌、秘術、悍ましき命――何もかもを喰らいつくし、己が呪術を高みへと。
「……おまえは、どうしてそこまでしてしまうんだろうね」
最期に聞こえた、その言葉は届くことなく。
死してなお、道満は繰り返す。
地に根ざしたままでは届かないことは理解した。
ならば。
異なる星の神に傅こう。悪逆非道の限りを尽くそう。空想だとしても天へ向かう階を架けよう。
全ては、総ては、凡ては――――あの星を。
「はたして。儂は……星を地に落としたかったのか、はたまた――星を、唯の花として地に根ざしてしまいたかったのか」
天にて輝く明星に、地に枯れた蘆は並び立てないままで。
それでも。
「おまえほど空へ向かって懸命に蔦を伸ばす蘆など、他にいるわけ無かろうよ」
孤高に瞬く星の声もまた、泣き濡れる蘆には届かないままであった。