菊の跡を追う


 はた、はた。

 空から零れ落ちる雫が地表の色を変えていく。重苦しい鈍色の空は遠くから雷鳴を引き連れて、まるで誰かの嘆きを顕わにするかのよう。世界の色彩は酷く暗く、遠くを見つめる瞳に映るものすべてが陰を纏ったように黒く染まる。
 そんな中で、ひとつ。

 はた、はた。

 滴り落ちたその色は、目覚めるように鮮明な黄を灯している。静寂を裂く轟きと同じその彩は荒れ吹く風に揺れ動き、まるで稲穂の群れの如く。しかしよく見てみれば、それらひとつひとつは無数の花弁が集い円を形成した花の群集だと判るだろう。

 はた、はた。

 雨粒と共に降り注ぐ黄金の花。――否。花は最初からこの地で慎ましく咲いていたものだ。降りかかった誰その嘆き、悲しみに染められて、かくも鮮やかに色を宿したのだ。神鳴り――雷と同じ黄金の色を。
 路傍の野花を染め上げるほどに、この道を歩んだ神の嘆きは凄まじいものだったのだろう。今なお止まぬ雨と雷の協奏が、誰に問われるまでもなくそれを示していた。

 はた、はた。

 黄金を道を辿れば、かの人の元へ往くことができるだろうか。そんな、幼稚な言葉が口の中で踊る。
 けれど、それを音にすることは躊躇って。

「ええ、所詮は童の浅知恵でしかない。生きる世界が違う、とは――まさに」

 何度も夢で追ったのだ。素足で駆け抜けて、花弁を散らし、その後ろ姿へ手を伸ばし。
 そして。

「狐火で道を閉ざされました。境界線を引かれてしまったら、招かれなければ辿り着くのは極めて難しいのです」

 標も持たずに異界へ踏み入れることの恐ろしさは本能から理解していた故に、それ以上を踏み込めなかったのだ。同時に、それは向こうからも同じことを示していて。
 かの人と共に歩むという明日の先の光景は、それ以降、二度と双眸に映ることは無く。
 だから。

「……道満、おまえは」

 はた、はた。

 見据えた先には、新たに滴り零れる雫が道を作りつつあった。
 悲しくも美しき黄金の花々とは異なり、呪と鮮血に塗れた美しくも悍ましき紅の華が示す道筋。続くのは異界ではなく、下り落ちていくだけの地獄であろう。
 その先を視ても、なお。

「その境界線さきを――おまえは、越えてくれるなよ」

 叶わぬと識っていながらも、晴明は童のような幼い表情で、そんな言葉を飲み込んだ。


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