ニーアオートマタぱろ


 ――――これは呪いか、それとも罰か――――


 地球が地球外変異型生命体《エルス》に占拠され、長い年月が経った。
 僅かに逃げ延びた人類は月面に隠れ、地球奪還のため、人間に忠実なアンドロイドを制作。彼らにすべてのエルスを排除するよう命を下したのが二百年ほど前のこと。
 地球ではエルスとアンドロイドによる壮絶な争いが日夜続けられていた。

「初めましてだな! 今日付けでこちらの地区に配属となった二号バトラータイプ、通称グラハム・エーカーだ。よろしく頼む」

 そう、爽やかな笑顔とともに差し出された左手から目を逸らしながら、刹那は小さく返事をした。
「九号スキャナータイプ……刹那・F・セイエイ」
「セツナ……刹那、か。良き名だ。君とはなぜだかセンチメンタリズムな運命を感じずにいられない」
「……………………そうか」

 グラハムは変わったアンドロイドだった。
 戦闘特化型の癖して、強すぎる好奇心からか情報特化型の刹那に勝るとも劣らないほどのハッキング能力を得ている。それを用いて、高価のため使用に制限がかかっている飛行ユニットを独断で動かしてしまったことは数知れず。

「空が私を呼んでいるのだ!」

 そう叫びながら司令部からの回線を切断したのは何時のことだったか。
 上層部も呆れつつ、かといって彼個人の能力自体は現存するアンドロイドの中ではトップを競えるほどの戦闘力の持ち主ゆえ、多少のことは目を瞑ってもらっているようだ。
 そんな優秀だが問題児のグラハムと、任務に忠実と評価の高い刹那がタッグを組むようになったのはある意味運命だったのか。
 数百回にのぼる対エルス掃討作戦の一戦で組んだ以降、二人は共に地上でのエルス調査任務を受け持っていた。

「刹那、君はスキャナータイプという割には戦闘に長けていないか? これでは私の出番がない!」

 一面に広がる沈黙した金属くずの群れ。その中心に刹那はひとり佇んでいた。
 不満げなグラハムに冷たく言い放つ。
「俺は今まで単独で地上の調査任務を引き受けていた。これくらいの戦闘ならば問題ない」
 それと、付け加えるように。
「グラハム……俺たちアンドロイドは、感情を持つことを禁じられている。そのような思考は不要だ」
「冷たいぞ少年! そんな規律はとうの昔に形骸化しているではないか」
「感情なんて持っていても……辛いだけだ」
 思わず溢れた言葉はグラハムの耳に届くことはなかった。
 突如として鳴り響く甲高い警告音。双方の端末に届いたそれは、超巨大エルス出現に対する攻撃命令だった。


 エルスはすべての個体を独自のネットワークによって統括している。
 一部のエルスは様々な要因でそのネットワークから切り離され各々で活動しているものもいるようだが、大半のエルスは行動をすべて共有していた。
 それに加え、性質として異なる物質を取り込み吸収し、それを模倣するような知性を得ているとこれまでの調査で判明していた。

「これほどとは――――!」

 二人の前に立ちふさがる、万を超えかねない夥しい数のエルスの群れ。
 その最奥にあるは、これまで見たことがないほど巨大なエルス。刹那の見立てでは、あれがエルスたちのネットワークの中心だった。
「少年、あれを破壊するにはどうすれば良いと思う?」
「…………周囲のエルスは恐らく無限に湧き出てくる。それを止めるには、エルスのネットワークをハッキングして制御を奪ってしまえばいい」
 それは賭けだった。
 アンドロイドのハッキング能力がある程度まで通じることは分かっていたが、完全な乗っ取りまで行えるかどうかは成功例がない。仮に成功しても、彼らの知性次第ではこちらもハッキングを受ける可能性もある。それにハッキング中はそれに集中するため刹那は完全に無防備だ。そんな隙をこんな大群がすべて見逃してくれるはずもなく。
 言外に『打つ手なし』と告げる刹那は悔しげに唇を噛んだ。
 こんなところで終わるのか――――そんな中、グラハムは笑っていた。

「では少年。未来への水先案内人は、このグラハム・エーカーが引き受けた!」

 刹那が反応を返す間もなく、グラハムは流星のごときスピードでエルスの大群に突っ込んだ。
 その行動を理解する。すべてのアンドロイドには機体制御臨界突破機能――つまり自爆装置を備え付けられている。ボディの損失は痛手にならない。自我データは地球と月との間にあるアンドロイドの宇宙拠点、通称トレミーにバックアップされているからだ。
 だが別の事も思い出す。グラハムはそのバックアップを怠っている。最後にトレミーに戻ったのは、二人がタッグを組むより前のこと。
 それが分かっていてなお、彼は笑っていた。

「――――っ!?」

 閃光が奔る。それに遅れるように、爆風と破壊音が津波のように円を描く。
 それらを認識するよりも早く、刹那の指は動いた。この一瞬を絶対に無駄にさせないために。
 神経が焼き切れそうなほど高圧電流が流れ、全身から悲痛な叫びが上がるのを尽く無視し、ただ一点を捉えるべく指を躍らせた。途中、エルスたちが共有していると思われるデータが幾つか通り過ぎたが、其れに構うこと無く細い糸のような刹那の意識データが突き進んでいく。
 時間にすれば数秒足らず。
 終演を告げたのは、鉛のような物の落下音。重力をものともしていなかったエルスが、動力を失ったように地に落ちた。
 動くものの途絶えた静寂に、まるで現実感がない。

「…………グラ、ハムは」

 アラート音を響かせ続ける自身の身体に鞭打って、刹那はエルスの中心部へ向かった。
 冷たい金属の山に、それは半ば溶け込みながらもギリギリのところでその姿を保っていた。本来であれば自爆装置を実行すればパーツの破片すら消し飛ぶ威力なのだが、おそらくグラハムがエルスに思いっきり突撃したため爆発するより早く侵食が始まってしまい、エルス側で規模を抑え込まれたのだろう。顔が無事だったため判別が付いたのは良かったのか。
「さ、すがだな……しょうねん」
「っ! お前、まだ意識が!? なら――!」
 瞳は閉じられたままであったが、足音で気がついたのだろう。まだ言葉をかわす事ができるとは思ってもみなかったが、意識が残っているならすぐに保存処理を行えばバックアップで復元する必要もない。
 咄嗟に伸ばした刹那の手を、突如放たれた鋭い視線が拒んだ。

 若草色の瞳の中心に、あってはならない真っ赤な光バグが灯っている。

「お、まえ――――それは!」

 スキャンするまでもない。アンドロイド側には存在しないそのデータは、エルス側から齎された異物。一般的には倫理ウイルスと呼ばれる、意識データを破壊――即ち、アンドロイドを完全に破壊するバグ。
 ワクチンプログラムを組めば除去は可能だ。だが、今の刹那は満身創痍。指先ひとつ動かすことすら厳しい状態で、グラハムの意識が消滅するより早く組みきれるのか。下手をすれば刹那自身も感染する恐れがある。
 それでも、刹那は躊躇せずプログラムを起動させようとした。

「わたしにかまうな、しょうねん。……どうせまにあわん」
「黙っていろ!」
「それに――――しぬなら、きみのてがいい」

 その声に。
 ざざ、と刹那の記憶データ領域にノイズが走った。


『こんどは少年の手で、やさしく壊コロしてくれ――――』


 遠いようで近い、在りし日の約束を思い出した。

「…………………………わ、かった」

 先程までの動作をすべて放り投げ、ゆっくりとグラハムへ歩み寄る。
 彼の身体の八割はエルスと融合されていた。丸々残っているは首から上部分のみ。刹那がハッキングで破壊したエルスたちのネットワークはまだ回復していないようで、動き出す素振りは見えなかったが、それも時間の問題だった。
 目を背けることは許されない。ここから逃げ出すことは許せない。ただ、すべてを受け入れた静かな瞳で刹那はグラハムの身体へと身を乗り上げた。所々破損しながらも、いまだきめ細かな美しさを誇る両手指をすべて使い、そっと大切なものを包み込むかのように彼の首へと手を掛ける。
「……ふっ。なかなかじょうねつてき、だな」
「おまえは…………何時だって、そうだ」
 アンドロイドは死なない。ボディは幾らでも作り出せる。自我データも基地に戻ればバックアップをインストールできる。二人が出会った記録は失われるが、些細な事だ。よくあることで、刹那は何十回と経験している。

 けれど――――この経験だけは、もう嫌だというのに。

「俺はお前を殺す。それが俺の任務であり、生まれた意味であり…………きっと、罰なんだ」

 普段は封印しているリミッターを解除する。スキャナータイプと偽るために付けたそれを外すのは、何時だって目の前の男が原因で。今回は大丈夫であってくれ、と願う事自体が間違いなのだろうか。
 グラハムは何も言わず、ただ刹那を見つめていたまま沈黙した。賢くて鋭い感性をもつ彼のことだ。今回も気づいていたのかもしれない。だから嫌いなのだ。


 グラハム・エーカーは変わったアンドロイドだった。
 戦闘特化型のくせに妙に好奇心が強くて能力も高いため、機密保持のため司令部以外は接触が禁じられているトレミーにあるサーバーや、果には人類が細々と生きながらえているとされている月面のネットワークにさえハッキングを仕掛けたことがある。
 彼は危険な個体だった。知ってはならないことを知り、その記憶データを削除したところで、また探求心からハッキングを繰り返す。
 廃棄処分にする案もあった。だが、エルスとの戦闘はいまだ収束の兆しはなく、戦力として彼の存在は大きかった。だから上層部は、彼に監視役として特殊タイプのアンドロイドを一体付けることで彼を出来る限りコントロールさせ、万が一が起きた場合はデータ削除や機体破壊で行動を止めさせる。そう運用することに決議した。
 その監視役に選ばれたのが、刹那・F・セイエイ。他のアンドロイドには認知されていない特殊タイプ――死刑執行人エクスキューショナーとして生み出された彼は、何度も何度も、グラハム・エーカーを破壊し続けていた。
 敵との抗戦に巻き込んで。ハッキング中の彼の背中から剣を突き立てて。飛行中に撃ち落としたこともある。時には刹那の正体を知った彼自身から、壊し方を指定されたこともあった。
 何度も破壊されては生み出され戻ってくる。彼はまるで、人類のように生死の螺旋に囚われ続けているようだった。

「初めましてだな! 本日よりこちらの地区に配属となった、二号バトラータイプのグラハム・エーカーだ。よろしく頼む」

 超大型エルス撃破から数日。多くのアンドロイドが破壊され、その補充にと地球拠点へ派遣されてきた彼の姿に、刹那は叫び出したくなる衝動を抑え、目を逸らしながら応えた。
 このやり取りが何度目なのか。劣化知らずな刹那のデータからは正確な数字が算出される。だが、その数字を即座に否定した。これはまだ初回。少なくとも、このグラハム・エーカーと出会ったのは。
「九号スキャナータイプ……刹那・F・セイエイ」

 ――――アンドロイドは、感情を持つことを禁じられている。

 刹那は小さく呟く。
 鋭利の刃物で胸を突き立て続けられているような、息苦しい激痛から逃れるすべを探して。




***





 トレミーがエルスによる襲撃を受け、壊滅してからしばし後。
 天を貫くよう地下から出現した真っ白な塔を駆け上り、その場にたどり着いたグラハムは思わず息を呑んだ。
 巨大な空間にひしめくよう無数に配置されたそれらはアンドロイドの姿をしていた。それもすべて――――九号タイプ。

「……圧巻だな」

 恐らくエルスがグラハムの記憶データからハックして得た容姿を模したのだろう。驚くほど精巧にできていた。ただ、意思なく鈍い色を放つ瞳で彼とは違うと認識できた。
 だが、違うと分かってなお、グラハムの胸を高ぶらせる何かが沸き起こるのを止められない。
「エルスよ、いまこの瞬間だけは感謝しよう! 私の前に再び少年を呼び起こした事実を!」
 刃を迷うこと無く向ける。
 グラハムは自身を支配するこの熱の正体に気づいていた。それは許されないものであるとし、意識の底へと押し殺してきたもの。エルスによる侵食時、彼らに指摘された際は必死に否定したもの。
 それは――――

「この気持ち、まさしく愛だっ!!」

 ガンッ、と剣を叩きつけるながらグラハムは思いの丈を叫んだ。

 とあるアンドロイドが研究していた。
 戦闘で得られる極度の緊張と高揚感、それらはデータにある人類のとある感情データに酷似していると。ひとりでは生み出せないが、ふたり以上の存在する時必ず生まれるその感情を処理する手段に生殖を組み込み、生産性を飛躍させていたのではないか、と。
 ならば生殖機能をもたないアンドロイドは、一体どうやってその感情を処理すればよいのだろうか。
 地球奪還のために生み出されたアンドロイドに出来る行為は、ひとつだけだ。

「私はこの瞬間だけを求めてきた! 君との果し合い、その先にある極みを!」

 腕を切り飛ばす。足を蹴り飛ばす。胴体を刺し貫く。首をはねる。頭部を殴り捨てる。
 物言わぬ屍の群れガラクタが積み重なっていく。

「これが私の呪いだというのなら、それすら超越してみせるとも! 君へのこの愛憎かんじょうで!!」

 コロしたい。
 既に壊れたこの世界で、今のグラハムを突き動かすのはその想いだけだった。

 無限にも思える時の果てに、動ける存在はグラハムだけになった。
「せ、つな…………私は…………」
 気づけは片腕が無かった。あれらの反撃で落とされていたらしい。片方がないのは不便だと、霞がかかったような思考が告げていた。周囲を見渡すとちょうどいいものがあった。

 切り落とした九号タイプの――――刹那の腕が落ちていた。

 躊躇うことすら忘れて、傷口に押し当てる。エルスが侵食してくる物理的苦痛と、ウイルスが侵攻してくる精神的苦痛に悲鳴を上げる。だが激痛に歪む中、口元と瞳だけは狂気的に笑っていた。


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