対の光
Ⅰ
――私が空を目指した切っ掛けは、幼き日のことだ。
何気なく見上げた晴天に浮かんだ、紅き一対の光が空を駆け上っていく姿を見た。
機械なのか、生物なのか、はたまた地球外の物体なのか。何一つ不明際な、とても美しき光。
私はその輝きに心のすべてを奪われた。
一瞬にも満たない時間の邂逅。誰一人として同じ景色を見た者はいない。だがしかし、確かにそこに存在していたと、私は自信を持って言える。
それ以来、私はいつも空を見ていた。もとより自由の代名詞たる空への憧れは強かったが、それが更に強まり一生を賭けると心に定めたのはこの出来事があってこそ。
いつかあの存在にもう一度相見えることを信じて、私は今日も空を翔けるのだ。
◇◇
轟、と黒き機体が上空で旋回する。
飛行形態だったそれは、一切無駄のない動きで人型戦闘形態へと移行に成功した。全身に掛かるあまりのGの強さ故、チャレンジするような者は少ないマニューバ。それをああも簡単に行えるのは、彼だからこそか。
新型であるそのモビルスーツ――通称フラッグ。その開発責任者である技術者、ビリー・カタギリは搭乗しているパイロットへ呆れと尊敬の念を込めた苦笑を浮かべながら、管制室より通信を入れた。
「やぁ、乗り心地はどうだい? グラハム」
数瞬ばかりノイズが走り、続いて映し出されるコックピット。機体の側面にあるモニターから見たパイロットの横顔は、誰が見てもわかるほど清々しい笑みであった。
『――最高だ! さすが我が友、私が最も求めるものをよく理解している』
大好きな玩具を与えられてはしゃぐ子供のようなテンションで、黒きフラッグのパイロットたるグラハム・エーカーは叫ぶように告げた。
ユニオンの空軍エースとして名高いグラハム。今日の演習は、そんな彼に合わせてカスタムされたフラッグのテスト航空である。
「まったく……リハビリ明けからそんなに間が経ってないんだから、あんまり無茶しないで欲しいなぁ。パイロットスーツが気づいたら血塗れとか、勘弁してよ」
『善処しよう! さて、次は――』
カタギリの小言も何のその、という風でグラハムは操縦桿を握る手に力を込めた。エンジンは常にフルスロットルである。
彼の反応に心地よく返答する半透明のスクリーンから透かすように、晴れ渡った蒼天を見渡した。
左目は今まで通り、幾重にもフィルターを掛けられた空を映し出した。当然である。コックピットのスクリーンに映る光景は、機体頭部に内蔵されたメインカメラを中心としてリアルタイムに撮影されているものを投射しているに過ぎない。そのうえヘルメットも着用しているため、どうしても視界に多少の違和感がある。
だが、グラハムの右目には――右目だけには、本物の青空が見えていた。
遮るものがない、澄み渡る天上の青。万物の恵みを注ぐ太陽に、漂う白き雲。自身の力だけで飛ぶ鳥の群れに、人々を乗せて異国へと向かう輸送機。
その全てを、グラハムの右目はモニター越しではない本当の景色として映し出していた。
「……フッ」
思わずヘルメット越しに右目側を触れる。その奥には、焼けただれたような傷が色濃く残った皮膚と、赤褐色に変色したした瞳が爛々と光を放っていた。
◇◇
「お疲れ様。目の調子はどうだい?」
地上に戻り、ヘルメットを外したグラハムにカタギリが声をかけた。
「なかなかのじゃじゃ馬っぷりだ。乗りこなすのが俄然楽しみだよ」
「……正直、僕としては釈然としないんだけどなぁ」
技術者らしく科学的に解明できないものには懐疑的なカタギリは、グラハムの顔を見ながらため息をついた。
生来、グラハム・エーカーは今時珍しい分類の金髪碧眼を持った美丈夫である。身体は軍人らしく引き締まった筋肉質であったが、顔は彼のテンションに引きずられるかのようにどこか幼い風貌で、少なくない女性陣には人気が高かった。
……それも、数か月前までは、の話だが。
「一応モニターはしてたけど、念のため検査室へ入ってくれ。……言っとくけど、これは命令だから」
「拒否したいところだか、このフラッグを手放すのは実に惜しい。その命令、謹んでお受けしよう」
ぷらぷらと片手を振りながら、グラハムはヘルメットを脇に抱えたまま、格納庫を後にする。
それを見送りながらカタギリはおよそ半年ほど前、親友たる彼のみに起きた出来事を回想した。
◇◇
中東諸国で起きた大規模なテロ行為と、それに対するユニオンも名を連ねる連合軍による掃討作戦。
激戦区では敵味方の判別もできないほどの凄惨な状態になったらしく、前線にいたグラハムの所属していた部隊はほぼ壊滅。彼の顔面――もちろん身体全体にも傷跡は深く刻まれている――の負傷はその時のものだ。
『あの局面にいてこれだけの損害なのは奇跡に近い』
と、衛生兵から告げられた時は安堵のあまり腰を抜かしかけた。
だがそれも一時のもので、以降は別の不信感を抱かざるを得ない状況が続いた。
――例の、変色した右目である。
医学的に、瞳の負傷が切っ掛けで変色する事象は間々見られる。だがそれはあくまでも色の濃さが変動する程度であり、碧眼が赤眼に変わるなど例がない。
それに加え、あの瞳は信じがたいことに、様々な障害を透過してグラハムに【空】を見せるのだ。
彼が治療のため医療ポットに入れられている間、様子を見に行くたび、彼はその日の空模様をぴたりと当てた。窓のない治療室にもかかわらず、である。
『おはよう、カタギリ。今日は生憎の空のようだが、何かいい話を持ってきてくれたか?』
目覚めた直後、身動ぎすら辛いだろう状況で出た第一声がこれだった。外の天気は彼の言葉通り、酷い土砂降りで。
『……とうとう人間辞めたの?』
もとから人間離れしたところはあったものの、思わずそう聞いてしまったのは仕方ないと思う。
全治には年単位掛かると医者は言っていたが、それを完璧に無視して医療ポットから出たのは約一か月後。驚異的な再生能力を見せた。正直身持ち悪く感じてしまったのは不可抗力だ。その後、多少のリハビリを経て、健康的な面から彼を拘束するすべを失った末、今に至る。
「ほんと、あれ……どこで拾ってきたんだろうね」
掃討作戦時、カタギリは後方で機体の整備主任だったため戦闘時何があったのかは全くの無知である。何か特異なことがあったのは確実だろうが、グラハム本人も負傷時のショックからか記憶が曖昧らしいので、真相を知るすべは無かった。
「カタギリ技術顧問!」
後方より掛けられた声により、カタギリは回想と考察が入り混じった思考から顔を上げた。
「どうかした?」
「それが……グラハム少佐に、出頭命令が下されました!」
「――――なんだって?」
Ⅱ
地上に降りることに、何か特別な思いがあるわけではない。
任務だから、使命だから、俺の存在理由だから。ただ、それだけに過ぎない。
――目標を駆逐する。
それが俺が地上で口にする唯一の言葉。
俺は、戦うための使者であり、天上の道具であり、六の翼を携える存在。それだけなのだから、他の言葉なんて必要ない。
……ああ、でも一度だけ。
初めて地上に降りたその時、蒼天を見上げる翠に輝く一対の光を見た。
どんなものよりも純粋で、宙で瞬く星々よりも苛烈なその煌めきは、いったい何から齎されるのだろう。そんな疑問が、どれほど時を経ても頭から消えない。
せめてもう一度、あの光を見ることができればわかるだろうか。
その想いを秘めたまま、俺は今日も地上を駆け抜ける。
◆◆
斬、と空間が裂けるような衝撃。
その正体を認識するよりも先に腕は動いていた。手にしていた剣を反射的に投げつける。向かった先に緑色の閃光が走った。
当たったか否か。その応えは先方から劈く不協和音によって無事もたらされた。
一息つく間もなく、背中から生じた激痛によって思考が乱れる。
「――――っ!!」
思わず叫びそうになるのを必死に噛み殺す。ここで油断してはいけない。そう、自分の研ぎ澄ませた直感が告げている。
視界の端でボロボロと黒に侵食されていく己の一部を捉えながらも、ただ歯を食いしばりながら堪えるしかなかった。
――損傷個所は最大、六。内ひとつは修復不可能……か。
こんな状況下でなければ笑ってしまいそうになるほど酷い有様だった。
対立している者たちからも不穏な気配を感じ取る。おそらく此方の状態を見て有利と悟ったのだろう。奴らの豊富な感情群などこれっぽっちも理解できないが、経験から察するところ、笑っているのだろう。
当然といえばそうかもしれない。誰だって、敵対している存在の象徴を切り落とせば士気は上がる。
だが。
「なめ、るな――!」
たかが片翼だ。三対のある翼の――ああ、でもいまは二対にも満たないが――一ひとつ、無くなって死ぬほど軟な存在ではない。
周囲の気配をざっと浚う。
前方に二、後方に四、左右合わせて十程度。……十分だ。
「七剣天使(エクシア)、目標を――駆逐する!」
◆◆
「エクシア、また翼を消失させたそうだな」
天へと戻り、最初の言葉は叱咤だった。
高貴な雰囲気を醸し出す紫紺で統一された容姿に、そぐわない厳しい眼力を持つ彼――肆介天使ヴァーチェ。主の言葉に最も忠誠を誓っているため、規律を尊び、反するものは何者であれ容赦しない過激的な気質を持つ。以前から相性が悪いと思っていたが、今回は輪をかけて憤怒しているらしい。
致し方ない事情であったとはいえ、反論できることでもないため黙って受け止める。……が。
「……情報が回っている。執念的に狙われた」
言い訳じみた反論なのは理解していたが、言われっぱなしでは癪に障った。相手も察しているのだろう、返答を聞いて鼻で笑った。
「前々から言っているが、君には自覚が足りなさすぎる。我々は天上の主(ヴェーダ)の意思を執行する存在。人間や奴らよりも高次元に君臨すべきもの。……なのに、こうも敵にしてやられている状態では、君には【天使】を名乗る実力が欠けていると進言せざるを――」
「お説教はその辺にしとけ、ヴァーチェ」
クドクドと回廊の真ん中で話をしていたためか、観客が寄ってきていたらしい。少し遠くから投げられた言葉は聞きなじみのある声色で、無意識のうちに二人とも視線をそちらへ向ける。
深い緑と柔らかなブラウンが目に留まる。ヴァーチェやエクシアよりも大人びた風貌の――弌射天使デュナメスだ。
「デュナメス」
「貴方には関係ないことだ」
冷たく言い放つヴァーチェに困ったような笑みを向けながら、かつかつとこちらへ歩を進めてくる。
「お前だって分かってるだろ? エクシアは俺たちとは違って常に最前線で戦う必要がある。俺らに被害が少ないのもエクシアが先頭になって敵の数を減らしてるからだ。……だからこそ」
ヴァーチェに向けていた視線をエクシアへ。真っ直ぐ見据えるその瞳には、何よりも心配した気配が乗っている。
「エクシア、これからは今まで以上に注意しろ。……分かってるとは思うが、これ以上翼を失くしたら戻ってこれなくなるぞ」
「…………了解」
まだ言い足りなさそうなヴァーチェをデュナメスが引き取って行き、残されたエクシアは誰もいない回廊で外を眺めながら佇んでいた。
どこまでも続く真っ白な空間に浮かぶ荘厳な神殿。頭上には蒼穹が広がり、天体が静止したまま輝きを放つ。人間がこの世界を見ても、夢幻の世界だと認識するだろうなと以前デュナメスが言っていたのが脳裏に浮かんだ。
――――天上世界(ソレスタルビーイング)。
全知の存在たる主、ヴェーダが君臨する高次元領域。その英知を人の世に齎すべく生み出されたのが、エクシアを含めた天使たち。高次の存在の象徴として、皆の背には三対の翼がある。各々の力に応じて輝くさまは、地上の宝石のそれよりも遥かに眩く美しいという。
天使はそれぞれ異なった役割を担う存在であり、それは自身に与えられた名前に現れている。七剣天使(エクシア)は、その名の通り七つの剣を携え敵対対象を駆逐するための存在。
元来、地上に住まう生命では天使を知覚できないため、本来であれば天使に敵対者などいるはずがない。
――だが、今からわずか数百年ほど前。【悪魔】を名乗る存在の出現がすべてを変えた。
どういう原理で誕生したかは不明だが、どうも人類の感情を糧――とくに負の感情が好物らしい――としているらしいことが判明。そこから、数多の不毛な争いが始まった。
天使と同じく高次元存在のはずだが、悪魔は人間のように肉体も持っているようで、非道な精神操作などの能力をもつ彼らのやり方は恐ろしいものだった。権力者へと成り代わり、民衆の不安や闘争心を無闇に煽り、世界中を戦争やテロ行為へと駆り立てたのだ。
彼らの存在を受け、ヴェーダが対悪魔を考慮した戦闘特化の天使を新たに生み出したのは必然といえる。
それがエクシア。無論、エクシア以外にも戦闘型は複数いるが、最前線で敵と剣を交えることを想定した天使はエクシアが最初だった。
七つの剣はありとあらゆる場面での戦闘を想定したもの。主の言葉に忠実で、悪魔の甘言に惑わされないような固い意志を持つもの。それが、エクシアの創造理念。
それが少しずつ綻び始めたのは、少し前の事。
「…………次は、無い……か」
エクシアは背後に翼を展開させる。
淡い光を帯びた翼が――――三つ。一対と、片翼。
先の戦闘でひとつ、それ以前の戦闘で二つ。すべて悪魔によって切り落とされた。
おそらく、一つ目は偶然だった。先端に攻撃が当たった程度であればすぐ修復できるのだが、その時の攻撃は偶々付け根にあたり、しかも集団に囲まれていたため修復に力を入れるほどの余力がなかった。
翼は天使の力の――ヴェーダの加護の源。容易に再生できるものではない。詳しくは不明だが、最悪……生まれなおす必要があるという。
悪魔たちの動向が活発になっている現状、最前線を任されているエクシアが退くわけにはいかず、身体の表面だけ修復して戦っている状態だ。だが、力の源が減っているため、どうしてもカバーできない部分が出てくる。そこを狙われ、ふたつ、みっつと翼が欠けていってしまった。
天界は高次元領域にある。高次元へと出入りできる資格は、一対以上の翼の所持。デュナメスが言っていたように、これ以上の損失は自らの破滅へとつながる。
地上から天上へ戻れなくなった天使の末路をエクシアは知らない。
だが、嘘か真か――悪魔へ堕ちる、という噂がある。
「それだけは……避ける」
争いが嫌いだった。戦うことしかできない天使だが、戦闘行為は嫌いだ。だから、己が欲望のために戦いを齎す悪魔にだけはなりたくない。その思いを、自らの剣に乗せることしか出来なくても。
「――――エクシア!」
「双翔天使(キュリオス)……?」
遠くでエクシアを呼ぶ声がし、そちらを向くと二人分の影があった。
二体で一つの天使であるキュリオス。翼だけ片方に三つずつ持ち、いつも喧嘩しながら空を誰よりも早く飛ぶ天使。
「ヴェーダから君に任務だよ」「まーた悪魔さまだとよ」
「…………了解」
Ⅲ
こつ、と一足踏み入れた先は、まるで数十世紀前の世界だった。
侵入者を拒むような重厚な門構えに、薄暗いサークル型の室内。壁には何か象徴的な、絵と紋様の中間のようなテクスチャ。広々としているのに立ち込める空気は重く、息を吐くのにも力がいる錯覚。
並みの者であれば思わず自分を見失っていただろう、異質な空間だった。
踏み入れた瞬間、右目がピリッと刺すような痛みを発した気がして、グラハムは手を顔面に運びかけた。しかし。
――――これを悟られてはいけない。
唐突な確信に、握りこぶしをつくるに留めた。
「……グラハム・エーカー少佐、出頭命令に従い参上した」
固い声が木霊する。
軍属である身にとって出頭命令はそう珍しくもない。だが、此度の命令は何もかも不明瞭で、グラハムの無駄に冴える第六感が警鐘を鳴らしていた。
まずこんな場所があったことすら知らなかった。此処は連邦軍本部の地下施設だ。だが、まるで怪しげな宗教施設と言われれば納得できるほどの、軍とはかけ離れた有様。それにグラハムを呼び出した人物も不明。カタギリのところに届いた命令の主も上からの指示だったらしく、そこから二転ほど経由し、今に至る。明らかに不自然だった。
ああ、空が見たい。
空気に押しつぶされそうな中、ただひたすらそう思う。いつもならこの心の声に応えて、右目は真っ青な世界を映してくれるというのに、いまだ反応がない。
気まぐれなことがあるこの目だが、今日はそういう理由で見えないわけではないのだろう。……おそらく、この目は警戒している。この部屋にいるのであろう存在に、この力を明るみに出すことを。
――――コツン。
石畳を踏む音が部屋の奥から微かに響いて聞こえてくる。歩き方に全く癖がなく、まるで人間の基本的動作を教本で学んでその通りに実行しているような、非人的動作に感じられた。
グラハムはいまだ目が慣れない、薄暗い部屋の中を睨むように注視する。
ひたすらに決まったリズムで足音が続き、ふと瞬きをしたその瞬間、暗闇の中から唐突的に他者の足が現れた。そのまま歩調は変わらず、ゆっくりとした調子で全身が浮かび上がってくる。
白で統一された、中性的な服装。作り物めいた微笑を浮かべる、少年とも青年とも呼び難い年齢不詳な容姿。
「やあ、初めまして。グラハム・エーカー少佐」
はっきりとした声色は、まるで民衆を扇動する術を身に着けた宗教家のようだった。
◇◇
「こんな場所に呼び立てて申し訳ないと思っているが、少し事情があってね。……あまり他に介入されたくない案件だから」
自身を『リボンス・アルマーク』と名乗った男は、そう謝罪めいた言葉を口にした。しかし、口元は変わらず微笑を保ったままで、どこか此処とは違う場所を見ている――そうグラハムは感じた。
「機密事項であると? ……たしかに、このような前時代めいた場所ならば余所者が来ようとすればすぐに判明する」
セキュリティがしっかりとした場所であれば、電子機器による管理が一般的。だがそれは同時にクラッキングとの戦いでもある。仮にも軍の施設なので世界でも最上級の鉄壁を誇るはずだが、何事にも穴は生まれる。
逆に監視カメラもないアナログな場所ならば、情報を得るには自ずと出向くなりする必要がある。近くにいる人物の補足など造作もない事だろう。そういう意味では合理的といえる。
「さて、少佐。キミは何故自分が呼ばれたか理解しているかな?」
「…………もちろん、否であると主張しましょう」
半分嘘だった。直接的な理由は不明だが、少なくとも呼ばれた理由の一つに己の変質した右目があることは確定している。そうでなければわざわざ『グラハム・エーカー』を指名する必要性は低い。
階級が丁度よかったのではないか、とも考えたが、グラハムが中東の大規模テロの功績を認められ少佐に昇格したのは二か月ほど前。しかも自他共に完治したと思っているが、まだ正式な治療完了報告は医者からは出ていない――全治一年が一か月もしないで治ったので認めてもらえない――ため、リハビリ状態なのが現状。到底任務が回ってくる状態ではない。
だからこそ、それらを無視してでもグラハムに接触する必要があるとすれば、右目以上の理由はない。
「そう? まぁ、そういうことにしておくよ」
彼も分かっているだろう、そう含みを込めた言葉が返ってくる。そして目線で部屋の奥に行くように促してきた。
右目の痛みが増すような錯覚。だが立ち止まって怪しまれるわけにもいかない。あくまでも今のグラハムは命令に従う一人の軍人。一礼し、暗闇のヴェールを潜る。
互いの足音が反響し、不気味な音楽を奏でだす。まるで裁判所の被告人になった気分だ。しかもかなり質の悪い、それこそ大昔の魔女裁判のような理不尽で醜悪な。
部屋のちょうど中心地点。円陣を思わせる幾何学的な模様が描かれた床の上で彼は立ち止まった。グラハムに背を向けたまま、彼はゆっくりと語りかける。
「グラハム・エーカー少佐。……キミは【悪魔】という存在を知っているかな」
神託を告げる預言者のごとく、高らかにリボンズは告げた。
「……それは『悪魔のような人間』という比喩的な意味で? それとも――そう分類するしかない生体だと?」
「もちろん後者だよ」
有無を言わせない、場所の雰囲気と合わさって恐ろしいくらい絶対的な存在感を醸し出す言葉。精神の弱いものであれば、一瞬で頭に刻み込まれるだろう。たとえ虚偽に塗れたものでも、それが真実だと。
グラハムも思わず飲み込まれそうになるのを、右目の痛みで踏みとどまれた。
「心当たりがありません」
事実だ。生まれてからこの方、そんなオカルトめいた生命など見聞きした覚えすらない。……いや、一度だけあるが、あの空を翔ける紅き一対の輝きを悪魔なんて不穏な存在と一緒にはしたくなく、無意識のうちに選択肢から除外していた。
グラハムの返答にリボンズは笑みを濃くする。
「悪魔はね、この世界に存在する高次元生命体だ。彼らは人間と接触することを好んでいてね、その手段の一つに【契約】というものがある」
「契約……?」
右目が疼いた。心臓の鼓動がスピードを上げる。グラハムには覚えがないのに、この身体はその言葉を知っているようだった。
「悪魔と人間が一対一で結ぶ儀式のことだ。両者共に一つ望みを叶え、一つ何かを失い、契約の証として双方の肉体の一部を入れ替える。…………ねえ、覚えていないかい」
――――その右目、本当にキミのモノかな?
Ⅳ
それはまさに一瞬の出来事だった。
地上への降下途中、此方の出現を予め知っていたらしい敵布陣の前に、回避もままならず突っ込むことしか出来ない。ただ我武者羅に剣を振るえども、手ごたえは弱く。背にびっしりとしがみ付く悪魔の群れに、エクシアは初めて己が著しく動揺していることに気が付いた。
そして、それはあまりに遅すぎた。
「――――ガッ!?」
何か鋭いものが翼の付け根に食い込む違和感。それとほぼ同時に襲い掛かる、酷い激痛と喪失感。
緑の光が散っていく。主の加護がまたひとつ失われた事をエクシアに突きつけた。ああ、またきっとヴァーチェやデュナメスに言われてしまうのだろうな、とどこか他人事のように思った。
思考が働かない中、無意識のうちに身体は降下――むしろ落下――を選択していた。飛行に割り当てていた力を剣の維持へ回し、腕は敵を少しでも減らそうと馴染みのある動作を繰り返す。恐ろしい勢いで落下していくエクシアのスピードに、肉の器を持つ悪魔たちは容易についていくことはできない。一体、また一体と限界を迎え離れていく。
最後の一体はエクシアに自らの牙を食い込ませて抗っていた。最後に残った左右非対称となってしまった翼をも奪うつもりだったのだろう。
「それだけは、させるか――!」
左肩越しに剣を突き立てる。荒れ狂う風と異常な状態でまともな感覚も失われ、エクシア自身にも傷を負わせながらもようやく悪魔を消失させることに成功した。
だがそこから消耗の激しい現状では態勢を立て直す余裕もなく、容赦なく墜落するのは目に見えて明らかだった。
天使が人間と接触しても知覚はできないが、直撃などすればどう影響が出るかわからない。
「せめて、人がいないところへ……」
最後の力を振り絞り、何の気配も感じないポイントを目指す。意識が落ちていく最中、一瞬翠の光を見た気がした。
◇◆
赤の砂塵が舞う、廃墟の町。
あるのは破壊つくされた家々と漂う生活痕。そして、黒く滲んだ血の跡と物言わぬ肉片。それらを遠くから人型の機械が数機、悼むように立っていた。たとえ彼らがこの光景を作り出した物だとしても、それを弔う良心くらい持ち合わせていた。彼らはまごうことなき人間だったのだから。
『――――…………』
『――……――――……』
『…………――……』
無線を使ったやり取り。彼らは次の行動の指示を待っていた。帰還か、進軍か。おそらくは前者になるだろう、と隊員たちは思っていた。旧式の武器を所持していた歩兵と、最新型のモビルスーツ部隊との戦闘。此方に弾丸数を除いた損失などあるはずがないが、精神的な損害は計り知れない。軍に所属するときから覚悟はあっただろうが、実際に目の当たりにするのとではダメージが異なる。
隊長格と思わしき機体が撤退の信号を放つ。独断ではあったが、このまま延々と待機して現場を見続けるよりは良いだろうと判断した。
責任は自分がとる――そう無線で伝えると、部下たちは僅かに笑みをこぼしながら、全員で始末書を書きましょう、と言った。
そしてみな、ゆっくりと後退していく。
やるせない戦いだった。女子供まで容赦なく入り乱れる、町全体が武器を手にして機体へ突撃してくる世にも恐ろしい光景。その中に銃弾を撃ち込むのにどれだけの覚悟が必要だったか。
彼らが――彼らの国が一丸となって世界を混乱に陥れようとしている、そのために人道を捻じ曲げたあらゆる方法を用いて国民に武器を持たせている。それらの情報があっても、躊躇いは決してなくならなかった。早くこの戦いが終わることを、全員が願っている。そのためにも、此方も手段は多く選べない。
暗澹とした思考の渦に囚われていた内に、部下たちは前線から撤退を完了したらしい。隊長も、という通信でようやく気が付きすぐに向かう旨を送信する。
最後にこの光景を焼き付けようと戦場を振り返り――――
――――きらり、と赤き光を見た。
流れ星のようにその光は一瞬で、それも天から真っ直ぐ落下していた。
思わず機体のレーダーを確認する。先ほどまでは全く反応が無かったにも関わらず、今は少し離れたポイントに小さく反応があった。敵対反応ではない。味方信号でもない。見たこともない、アンノウン。
ポイントを指定して機体を動かす。敵対者か、生存者か。どちらでも確認しなければいけない、なんて建前を考えながら。
町のすこし奥まったところにある、開けた場所。井戸のようなものが確認できたため、以前は住民が集まる広場のような場所だったのだろう。そこに、何かがいた。
ひび割れた地に臥した、まだ少年と呼べる姿。全身に細々とした傷があったが、とくに酷いのは左肩付近の裂傷。まだじわじわと赤い血が流れだしており、元々赤い大地をさらに赤く染め上げている。
コックピットのハッチを開け、一目散に駆け寄った。抱きかかえると、まだ温かい。意識はとうにないものの、細い体は僅かに上下しており、必死に生きようとしていた。
◆◇
エクシアが目を開けると、ぼんやりとした視界いっぱいに真っ白な空間が広がっていた。
いつの間にか天界へ帰還していたのか、と疑問が浮かぶ。記憶が曖昧だ。状況を確認しようと頭を動かすが、全身が石になったように重い。ドクドク、と覚えのない音が内部から聞こえ、思考にも靄がかかったように働かない。
身体を動かそうと捻ったとき、左肩に突き刺したような激痛が走った。
「――――っ!」
目が回り、視界が赤と白でチカチカする。震える手で痛む場所をそっと触ると、何枚もの布を隔てた先、内側に異物感を覚えた。何かが刺さったままのような感覚に、朧気ながら記憶が蘇る。
悪魔の奇襲……もがれた翼……食い込む牙……肩越しに切り捨てて――――
「気が付いたようだな、少年」
遠くのようで近くから知らない声がした。緩慢な動作で声の主を探すと、はっきりしない視界に人影が写った。金色が反射して眩しい、見ず知らずのシルエット。
「私の名はグラハム・エーカー。連合軍のユニオン部隊で隊長を任されているものだ。そしてここは我々の拠点内にある医療施設。……安心したまえ、君に危害を加えるつもりはない。捕虜でもなく、ただ負傷した一般人として保護させてもらった」
つらつらと言葉を並べ立てながら、その人物はエクシアの傍にそっと近づいてくる。このあたりでようやく、エクシアは己が横たわっている状態であると自覚した。
そのまま目に力を込め、改めて話しかけてきた人物を見つめる。太陽のように輝く金髪に、青いかっしりとした衣装。悪魔の邪悪な気配は感じない。けれど、天使でもない。……そう【人間】だった。
人間が、天使であるエクシアを認識して話しかけているのである。
「――――――――!?」
衝撃と混乱で身体が震えだす。全身に意識を集中してみると、左肩に刺さったものから禍々しい力が全身に伝わっており、その影響で――まるで悪魔のように――自身が実体化していることに気が付いた。恐らく、あの時の悪魔の牙が体内に残ったままなのだ。そのせいか翼の存在を感じられるものの、展開することができない。
「少年……?」
エクシアの混乱を感じ取ったのか、グラハムという男が心配そうに此方を覗き込んだ。それにかまう余裕もなく、エクシアはただただ身体を震わすことしか出来ない。
翼が出せない。これでは、天界に戻ることもできない――!
助けなど来ない。天界ではおそらくエクシアが悪魔に敗れたと思われているだろう。天使は数が少ないため戦闘では常に一騎で戦っている。こんなことになっているなんて、誰も知らない。……もし気づいたとしても、いまエクシアの気配は背中の牙のせいで悪魔のものと混ざった状態。これではヴェーダなら『エクシアは悪魔に堕ちた』と判断し、逆に討伐対象にされるだろう。合理的で、一番犠牲が少ない方法を選択するかの主なら。
自らの存在理念を根本から覆されたような絶望感に苛まれると、いつの間にか手を握られていた。思わず手の主を見上げると。
「大丈夫だ、少年」
翠の一対がエクシアを見ていた。真っ直ぐ輝きを放つ瞳で。昔の記憶と重なる、純粋で苛烈な色の光。痛みも絶望も瞬時に忘却し、エクシアはその光を見つめることだけしか出来なくなった。
「どんな目的のためにあの場所にいたかは知らない。だが、少なくとも君が一人でずっと戦っていたのは分かる。……もう大丈夫だぞ」
そう言って、にっこりと笑ったその顔は、今まで見たモノの中で一番眩しかった。
◆◆
グラハムに保護されて三日ほど経った。
少しずつだが気持ちも落ち着いていき、とりあえず目下の目標は刺さったままの牙を抜くことだった。これさえなくなれば実体化も解け、翼も再展開できるだろうことに気が付いたのだ。あまりの状況下だったとはいえ混乱しすぎた。
だが、この目標――すぐにでも達成できるとエクシアは思っていたのだが、大きな障害があった。
「少年! 傷の具合は如何かな?」
この男、グラハム・エーカーである。
「…………そう簡単に治癒しない」
「だが君の身体は随分と回復が早いと聞いたぞ? 運び込まれたときは出血の多さから暗に諦めろと言っていた医者が喜んでいた」
我が事のように喜ぶグラハムを横目に、エクシアは堂々とため息をつく。
この男、自ら隊長だと言っていた癖してほとんどエクシアのいる病室に居ついていた。人間の役割など詳しくないが、少なくない人間がいるらしいこの建物でも上のほうの地位を持っていると別の人間――おそらく彼が言う医者なる人物――から聞いていたのに、こんなところにずっといていいのか。
「仕事は」
「今は待機中で暇なのだよ。雑務は優秀すぎる部下が全てしてしまってすることがない」
これは嘘だと思った。エクシアがいる病室に入ってはこないものの、扉越しに引っ切り無しに人が現れ、グラハムに指示を仰いでいるのを聞いていたからだ。
医者が来て傷の具合を確かめる時と、就寝時間。これ以外は大抵この男が傍にいた。
就寝時間にすればいいと考えてはみたものの、抜いてすぐ元に戻るかどうかわかったものではないため、万が一タイムラグが大きければ傷の開き具合でエクシアが動けなくなる可能性もある。そうなった時、こいつがどう反応するか――そう思うと、躊躇いが生まれてしまい、実行に移せないでいた。
「ちゃんと会話もしてくれるようになったな」
「…………うるさい」
最初は口がきけないと思われていたらしい。エクシアとしても好き好んでしゃべる性質ではないためそのまま流そうとしていたのだが、二日前、真横で延々とこの男の語りを聞き続ける羽目になり、耐えきれなくなってつい言ってしまった。
『――――うるさい!』
『しょ、少年!? なんと、こちらの言葉を理解していたか!』
結果、語りはなくなったが会話を求められるようになり、騒がしさは増した。仕方なしに、最低限の相槌を打つことを妥協することとなった。
「ところで少年」
「…………」
エクシアは思わず身構える。グラハムがこの切り出しをしてきたとき、決まってエクシア自身のことを訊ねてくるのだ。
名前は何か、歳は幾つだ、誕生日はいつだ、親はいるのか……。
すべてにおいて黙秘せざるを得ない質問ばかり。彼はエクシアが【人間】として見えていて、人間としてのエクシアを訊ねているのだ。答えられるわけがない。人間であるエクシアなど存在しないのだから。
だが、今日は違った。
「君の呼び名だが、私が勝手に決めさせてもらったので文句は受け付けないぞ!」
「……………………は?」
「なに、いつまでも『少年』では可哀想だと皆が煩くて敵わん。そういうわけだ」
何がそういうわけなのかサッパリわからなかった。
エクシアの顔に疑問符が浮かんでいるのを察したのだろう、グラハムは笑いながら続けた。
「名前は大事なものだぞ? 自己を認識する最初の言葉だ。例えそれが本来のものではなくても、周囲がそう認めればそれが君を君と定義する。つまり――」
胸の奥が早鐘を打つ。名前など興味もない筈なのに、その先の言葉が待ち遠しい。
ポン、と頭にグラハムの掌が乗せられる。うっとおしい筈なのに、振り払うほどではない。不思議な感覚。
「この場所では、君は――――」
その先を聞くことは、残念ながら出来なかった。
Ⅴ
「カタギリ! 友として頼みがある! 何も言わずに私のためフラッグを貸してほしい!!」
そう、真夜中もいい時間に研究室に飛び込んできた親友を呆れ顔で出迎えてしまったビリー・カタギリ。これくらい許されることだろう。というか、偶々改良のため研究室にいたから良かったものの、もしカタギリが就寝していたらたたき起こされていたのだろうか。……間違いなくそうだろうな、と思わず遠い目をする。
「何も言わずに、ねぇ……。一応試作段階の機体なんだから動かすだけでも手続きややこしいんだけどなー」
「無理は承知の上!」
叔父の影響か、所々口調が武士っぽいところがまたなんとも言えない雰囲気を作り出している。このままでは土下座まで発展しそうな勢いだ。
「例の出頭関係かな。なら仕方ないか……あとで追及受けたら全部グラハムに回すよ?」
「かたじけない!」
それだけ言うと、グラハムは慣れた様子でパイロットスーツを手に取り出ていこうとする。本当に、自分の都合で他人を振り回すのが上手だな、と感心するしかない。
「けど、君がそんなに真剣なんて、あの時以来かもね」
「……いつのことだ?」
「中東。最終作戦前に一度大き目の戦闘があっただろう? その時、負傷者をひとり保護したーって血塗れで飛び込んできたじゃないか。あの時の顔にそっくりだよ、今」
そういえばその時保護した人の詳細をカタギリは知らない。十五、六歳くらいの現地民らしき少年としか聞いていなかった。グラハムはあまりにも真剣だったため興味があったのだが、その後数日程度で作戦が開始し、それどころではなくなったのだ。
「保護?」
「名前をちっとも教えてくれないから勝手につけてやるって息巻いてたっけ。元気にしてるといいね」
「…………な、まえ――――!」
そこまで言ってから、カタギリはグラハムが負傷の後遺症で作戦前後の記憶が曖昧なことを思い出した。本人がまったく気にしていないせいですっかり忘れていたのだ。
「ごめ――――」
「流石、持つべきは友だな!!」
謝罪の言葉は大音量の彼の声で完全にかき消された。
「ああ、なんたる失態だ! 私としたことが、何故忘れていた! いや、後悔はあとだな。感謝するぞカタギリ! 帰還を楽しみにしていてくれ!」
「えっあー、うん……いってらっしゃい」
暴走特急のように姿を消した、親友――一応そのはず――をカタギリはポカンとした顔で見送った。
◇
「行かせて良かったの?」
柱の陰から聞きなれた声がして、リボンズは振り返ることもなく微笑んだまま、開け放たれた扉を見た。
両開きの扉は盛大に誰かが飛び出していったように広々と開かれている。少し前までは勢いが残っており、ゆらゆらと独りでに揺れていた。
「いいんだよ、これで。……すぐ近くにいるだろうし」
「いや、そうじゃなくて。彼、なにを仕出かすかわからないよ」
少年のようでいて女性らしくもある不思議な声の主は、リボンズの態度に呆れ交じりの忠告めいた言葉をこぼす。その反応すら見越していたように、リボンズは小さく首を振った。
「それこそ僕が心配する立場じゃない。彼らの問題は彼ら自身で解決するものだ。なにより――」
リボンズは思い出す。
悪魔が――否、高次元の生命が人間に干渉する際に行う【契約】の全貌を。
ヴェーダは全知を司る存在。だが万物は常に移ろいゆくもの。特に歴史はほんのわずかの選択の末に簡単に変わってしまう。だからこそ天使のほかに、地上を常に監視するべく端末たる存在を幾つも生み出した。
人間とそう変わらない能力で肉体も所有する、高次元生命体。
――だが、彼らはいつの日か己の欲を自覚した。命令に従い、監視するだけで終える生から我が生まれた。
『見ているだけではなく、己の存在を知らしめたい』
その思いだけであれば良かったのかもしれない。
始めはヴェーダから授けられた全知の一部を人間に分け与えた。そこで留まらなかったのは人間から求められたから。次第に教えることに、授けることに夢中になった彼らは、人間に代償を求め始めた。
それが【契約】の成り立ち。
契約を使い、歴史を、世界を自らの思うがままになる事を知った彼らは、ヴェーダから切り離されたことにも気づかぬままその在り方を大きく変え、今日の【悪魔】となった。
「契約は双方の【願い】と【代償】、そして証明たる【身体共有】。これらすべてが完全に履行されてようやく完成する。不完全なままの状態でいることこそ危険だよ」
「あれ? 彼はその全てに該当していたと思ったけど」
コツ、と影からすらっとした足が伸びた。リボンズと同じく、白で統一された衣装に凛々しそうな紫紺の瞳が疑問符を浮かべている。
「リジェネ、君は何をもってそう思った?」
「【共有】は言うまでもなく目でしょ。【願い】は戦場からの生還、【代償】は……常識の欠落かな」
最後の言葉に思わずアルカイックスマイルが崩れ、吹き出してしまう。リジェネも流石にこじつけが過ぎたと思ったのだろう。少々顔を赤めながらそっぽを向いた。
「残念、外れだ。君の予想は【共有】しか合ってない」
「えっ……じゃあ彼はどうしてあの怪我で生き残ったのさ」
リジェネの言葉は尤もなことだろう。
彼――グラハム・エーカーが中東テロの最終作戦で負った傷はそれほどまでに酷いものだったのだから。
「それはもちろん…………」
開かれた扉へ再び目を向ける。暗いこの部屋に、煌々とした光が差し込んでいる。
きっと、この光よりもずっと眩しくて美しい光を見たのだろう――お互いに。
「――――彼が、そうしたいと望んだんだろう」
◇◇
グラハムは空を欲していた。
フラッグを飛行形態にして真っ直ぐに上を目指して飛ぶ。
そういえばフラッグで夜間の操縦は初めてだったことを今更ながらに思い出した。流石に訓練なしで闇雲に飛び出すなど、見つかったら始末書では済まなさそうだな、と笑みをこぼす。
……だが、そんなことは後でいい。
空へ。天へ。宙へ。蒼穹へ。
どこまで行けばいいのかなんて知らないが、どこへ行けばいいのかはハッキリしている。
右の紅き瞳が映す場所へ、行かなければならない。
何時だって、この瞳は空を見ていた。天にあった。宙を知っていた。蒼穹に、いたのだ。
雲の海を越え、星の輝きがヘルメットのバイザーにその煌めきを映し出す。
「ああ、ここだ……」
機体を静止させ、コックピットキャノピーを開く。空気の薄さなど感じもせずヘルメットを脱ぎ去り、自らの瞳で空を見上げた。何の障害もないクリアな視界は、左右のズレを全く感じさせない。この目になってから、初めての事だった。
「昔の話だ。私は生まれついてから自らを拘束するものがとても多かった。立場、経験、性質……すべてが私を縛り付けているものだと思っていた。だからこそ、そんなものがない場所を欲していた。それは目に見えるところにあるのに、決して手は届かない。幼かった私はあまりにも無力で、見つめることしか出来なかった……そんな時」
幼いころから空を求めていた。
ただ自由のために求めていたわけではなかった。目的があったはずだった。だが、軍に所属して地位を授かり、自分のモビルスーツを手に入れて。仮初であれ空を掴む手段を覚えてしまった故に、しばし記憶の彼方へと送られていた原初の想い。
「私は見た。青空を舞うように自由に飛ぶ存在を。鳥ではない、機械ではない、モビルスーツでもない。一瞬にも満たない、あまりにもわずかな時間の邂逅。幻覚だと他人は笑ったが、私には分かった。それが間違いなくこの世界に存在するモノだと」
今でも脳裏に焼き付く、紅き一対の光を放つ存在。地上に存在するあらゆるものよりも美しく、尊い姿。
「……私はその存在に心を奪われた! そして望んだのだ……再び巡り合いたい、正体を知りたい――――否!」
自身をも誤魔化してきた、グラハムの望み。建前を自ら否定し、遂に宣言する時が来た。
「私は、空を…………空にいる君を手に入れたいと、願ったのだ」
ドクン、と右目が燃えるように熱くなる。グラハムを焼き尽くさんばかりに熱は身体全体へと広がっていき、顔を顰めながら片膝をつく。
気を抜けば意識すら持っていかれそうになるところを、先刻受けたばかりの言葉を思い出す。
今の状況と同じく、右目の痛みで膝をついたグラハムを見下ろしながらリボンズが淡々と真実のみを告げていく。
『少佐、あなたがその身に施された【契約】は不完全だ。あなた方は現在【代償】と【共有】しか負っていない状態。……契約は本来【願い】から齎されるというのに、変わったことだ』
『どういう意味だ……? それに、何故そんなことが断言できる?』
『言葉通りの意味ですよ。利点が無い契約なんて誰も結びません。まぁ、状況の考慮と、本能と勢いだけで実行した割にはうまく繋がっているようで、その点だけは感心ですが。後者の質問は……あなたと契約した存在と同類になるので、その辺は感覚で』
『つまり、貴様はその悪魔だと?』
『高次元生命体と言ってほしい。分かりやすいからその言葉を用いたけど、あれらと同レベル扱いは不快だ。契約は悪魔が使う常套手段だけど、悪魔の専売特許ではない』
契約を行えるのは、悪魔と同じく高次元生命体のみ。悪魔は利己的な理由で人間に契約を持ち掛け、精神を操り争いを生み出す。
ならば、もし他の高次元生命体であれば――――
「さあ――私は願いを言ったぞ! 次は……君の番だ!」
痛みを堪え、再び両足で立ち上がる。
右目から送られてくる映像がグルグルと回り、ようやくピントが合った。
そこには――――
深い夜の空に溶け込みそうなフラッグと、そのコックピットから手を差し伸べるグラハムの姿が映し出されていた。
Ⅵ
「隊長! 本部から新たな作戦が」
病室に突如現れたのは一人の軍人。型にはまった敬礼をしながらも、慌てた様子で入ってきた姿にグラハムが少しだけ眉をひそめたのを感じた。
「病室に入るなと言ってあったはずだが」
「申し訳ありません。ですが、火急なことだそうで」
その言葉に深々とため息をついたグラハムは、名残惜しそうにエクシアの頭を撫でながら。
「残念だが時間切れだ。戻ってきたら教えてあげよう」
そう言って寂しそうに微笑みを浮かべながら退席していった。だが、そのことをエクシアが意識する余裕は無かった。
――何故、気づけなかった!
目の前にいる存在に、あらん限りの警戒を向ける。そこにいたのは、敬礼した状態を保ったまま一動たりともしない、一等兵の軍服を纏った男。
髪と帽子で上手く隠してあるが、彼の片耳は人間のものではなかった。
黒く毛深い片耳はエクシアが見慣れた形状そっくりで、間違いなく――悪魔のものだ。
それはつまり、この地にいる軍に悪魔の存在が入り込んでいるという最悪な事実であり、此度の大規模な戦闘が彼らの手によって引き起こされたものであると暗に告げていた。
不意に、彼がエクシアの方を向き、口を開いた。
「……天使は堕ちた。もう邪魔は入らない」
「なっ――――貴様!」
「軍人は旨い。恐怖を与える、感じる。戦いを大きくする。……アイツの死に際の絶望は格別だろう」
悪魔の言葉を代弁する男は病室の扉を見ながら告げた。
「堕ちた天使。お前にはもう、何もできない」
「――――っ!!」
その言葉は真っ直ぐにエクシアの心を抉った。
パタン、と静かに出ていく男を追うこともできず、エクシアは怒りと驚愕で身体を震わすことしか出来ない。
「俺、は……」
自らの手を見つめる。
剣はもちろん、翼は現れない。いくら弱っている、実体化している状態とはいえ、悪魔の存在を感じ取ることすらできなくなってしまった自身に恐怖を覚えた。
牙を取り除けば元に戻る……? はたして本当にそうなるのか、自信が持てない。もし天使に戻れなければ、エクシアは永遠に地上に縛られるのだろうか。それとも、主の意向で消滅させられるのだろうか。
考えれば考えるほど思考は暗澹としたところをループしていく。
俺は何のために、どうすればいい……?
ひとつだけ明確なことがあった。
「このままでは、俺は……あいつ、は」
悪魔が言っていた『アイツ』に想定する人物は、一人しか思いつかない。
すでに契約済の隊員を用意している悪魔の事だ。きっとエクシアには想像もつかないような、地獄を再現した戦場が待ち構えているのだろう。そんな場所に、彼は行くのだ。
「――――――」
そっと、傷口に触れる。
丁寧に治療されていた。今まで欠損が生じた時は全て自己回復で補ってきたため、こうして他者の手を借りたのは初めての事だった。助けられたこと自体初めてだったかもしれない。天上で報告をするときくらいしか同胞と顔を合わせることもなく、天使はいつも単独で戦っていた。だからきっと、まともに感謝すら告げていない。
「ああ……こんなにも、簡単なことだった」
いつも命令に従って戦うだけだった。決して好きではない争いに、それが自分の存在理由だからと納得させて。だからこれが初めてのことだ。
治療着と包帯を脱ぎ捨て、躊躇う気持ちを落ち着かせるため深呼吸をする。覚悟は無いが、やりたいことがある。それだけできっと十分だ。
指先が背中越しに狙いを定め、そして――――
鮮血が散った。
◇◆
状況は最悪の一言に尽きた。
戦術予報士の予報を容赦なく裏切り、最前線は敵味方関係なく戦闘が繰り広げられていた。識別信号は意味をなさず、歩兵も戦闘機も関係なく動くものすべてに銃弾の雨を浴びせていく味方機たち。戦闘区域にも関わらず、今の今までこの場で生活を営んでいたのがはっきりとわかる住宅と、そこから逃げ惑う非戦闘民。
「まさに地獄絵図、というやつか」
嘲りにも似た失笑を零しながら、グラハムはコックピットのモニターを睨んでいた。そこに映し出された情報を信じるなら、現在は敵部隊は壊滅しており、味方機同士で戦闘を続けている状態らしい。馬鹿馬鹿しいと一蹴することは簡単だが、目の前に広がる光景を無視することはできなかった。
「裏切者がいたということ……いや、むしろ始めからこのつもりだったということか」
軍の裏側を垣間見た気がして寒気が走ると同時にとめどない怒りが湧いてくる。この地に連れてきた部下はみな、大変優秀な逸材ばかり。そんな彼らをこのような場所へ突き落し、数名はすでにロストしてしまった。こんなことが許されるはずもない。
そんなことを考えている余裕もなく、緊急時のアラートがけたたましく鳴り響く。反射的に機体を旋回させると、先ほどまでいた地点を砲撃が焼き払っていく。
「まったく――度し難い!」
相手は当然ともいうべきか、味方機で。自ら攻撃を仕掛ける気は毛頭なかったが、死ぬつもりはもっとない。脳内を素早く切り替え、次の攻撃が来た時から反撃を仕掛ける体制をとった。
「ああ、空が遠いな……」
立ち上る煙と砂埃で周囲は暗く、空が存在すらしていないような錯覚を覚え、グラハムは小さく泣き言のように呟いた。
◆◇
ポタリ、と血が滴るのを気にも留めず、エクシアは走っていた。
左肩は真っ赤に染まり、しかも裸足で駆けているため膝から下も傷だらけだった。それでも、一切スピードを落とさずに走り続けている。
痛みはあまり感じなった。刺さっていた牙を抜いた時は一瞬意識が飛んだものの、すぐさま回復して病室を窓から飛び降りて脱出した。
いまだに実体化したままだったが、少しずつ感覚が戻りつつある。本当なら戻りきるまで待ったほうがいいのだろう。だが、そんな時間も惜しくてエクシアは進み続けた。
最前線まであと少し。こんな状況でもまだ一般人が多数残っていて、エクシアの存在は上手く隠れていた。すぐ脇を兵器が通り抜けていくようなこの場所で、血塗れの少年に声をかける余裕があるものなどいなかった。
途中、なんどか悪魔と契約したらしい者たちとすれ違った。住民が避難されていないのも彼らの仕業だろう。本来であれば即刻排除するべき存在だが、今のエクシアは天使ではない。まだそんな力も戻っていない。
だから、今できること――するべきことのため、エクシアはひたすら進んだ。
気が付けば血は止まり、足を踏み出すたびに少しずつ感じる浮遊感。歪な対の翼がゆっくりと広がり、手にしっかりと馴染んだ剣が顕現する。最前線に到達した頃には、エクシアは再び天使の姿をしていた。
「アイツは――――?」
悲惨な光景が広がる視界の中、エクシアが探すのはただ一人。
動く影は揺らめく炎と煙しか見えない。戦闘機はほぼ壊滅していた。そんな中、一機のモビルスーツに複数の戦闘機――それも十機近く――が群がり襲ったような光景を捉えた。その様子はまるで、エクシアが地上に落ちた時の状態とよく似ていて。即座に駆け寄る。
機体は全て停止していた。一機が自爆でもしたのだろう、群がる戦闘機は軒並み全壊していた。囲まれていたと思わしきそのモビルスーツは他の機体と違って少し目立つようにラインが施されていた。爆風は前面に立ちふさがっていた機体が受け止めたらしく、幾分か損傷は少なく見えた。
「グラハム……?」
確証はないが直感で、これが彼の機体だとエクシアは感じた。恐る恐る呼びかけるが、返答はない。
カシャン、とどこかのストッパーが役目を終えたような音がして、滑るようにコックピットシートが降りてきた。
「グラ、っ――――!?」
中にいたのは間違いなくグラハムであり、血塗れだった。
ヘルメットには亀裂が何本も入り、破片が彼の顔を容赦なく傷つけていた。身体にも、とくに右半身に大きな傷がいくつも見受けられ、咄嗟に彼の機体を見ると右側部に鋭いブレードが刺さっていた。直撃こそ免れてはいたが、これでは時間の問題だ。
「グラハム!」
エクシアの呼びかけに彼は何の反応も示さない。思わず伸ばした手は、虚空を掴もうとしているようで何も捉えられない。
天使に戻ったことで、人間であるグラハムとエクシアとの間に次元的な隔たりが生じたのだ。
これでは助けを呼ぶことも、人が残っている場所へ運ぶことすらできない。
「お前は俺を助けたのに……俺は、お前を助けらないのか――!?」
まだ礼を言っていない。別れの言葉も、そして。
「名前を聞いてない――俺に、俺を定義するといった名前を!」
知りたかった。彼が、どんな名前を考えたのか。どんな思いで決めたのか。
グラハムの赤く染まった顔を覗き込む。瞳は固く閉ざされたままで、翠の光が見えない。強烈で輝かしい意志が込められた、美しい光がもう二度と見られない。
今ならわかる。昔見た、蒼天を見上げる一対の翠。あれはグラハムの瞳の輝きだったと。
エクシアは知りたかった。何がその輝きを齎しているのか。何故そんなことに自身が惹かれているのか。その答えが知りたくて、ずっとずっと地上で戦っていたのだから。
「まだお前に言わなければ、問わなければいけないことがあるんだ。だから――――これは、俺自身の意思」
その時エクシアは初めて――――己の欲を叫んだ。
Ⅶ
天使は願った。
『――――――』を。
人間は願った。
『――――――』を。
天使は払った。
『天へ還る翼』を。
人間は払った。
『定命たる死』を。
天使と人間は互いに共有する。
『互いが惹かれあった輝きの片割れ』を。
「死を覆す――エクシアは願いのつもりだったんだろうけどね、それは彼が払うべき代償とみなされた。それよりも欲しいものがあったみたいだし、何より双方の合意があってのモノじゃないから、不具合の一つや二つあって当然だろう。
……え、釣り合ってない? それは関係ないよ。等価交換なんて三次元的な法則、高次元存在の僕らには関係ない事さ」
◇◆
「初めまして――と、言うべきかな。少なくともその姿でこう相見えるのは」
グラハムの目にはまだ映らないが、右目にはグラハム本人がしっかりと見えている――つまり、目の前にいるはずだ。待ち望んでいた存在が。
ふわり、と風を感じる。ぼんやりとだが眼前に誰かがいる気配がした。おそらくグラハムが願いを告げたことで、止まっていた契約の儀式が再度起動したために、相手であるかの者を意識することができたのだ。
「君はずっと……ずっと昔から、空にいたな」
全ての始まりは空から。あの時見惚れた輝きの片割れは、気が付けばグラハムの一部となっていた。それは何時だって、グラハムの愛した空を映し続けていた。
互いに共有した瞳は、その視界をずっと共有していたのだ。
彼はきっと、何時だって空を求めていたグラハムに応えようとしてくれたのだ。
――だからこそ、今度はグラハムが応える番だ。
「……約束をしていたな。少し時間がかかってしまったが」
あの日の病室で、告げることができなかった言葉がある。彼がそれを望んでくれるかはわからない。だが、あの時。辛そうに、悲しそうに下を向いていた彼の表情が少しだけ和らいで、こちらの言葉を待っていた。それを信じている。
「ユニオンの中にある国がある。島国でかなり独特な文化を持ち、その国特有の言葉はとても難しいが、儚さと美しさが調和した素晴らしいものだと私は思っている」
お気に入りの書籍の一つに、その国の辞典があった。暇さえあればページをめくり、その言葉の意味を模索するのが好きだった。その中でひとつ、知った時からずっと忘れられない単語があった。
「その言葉は――一瞬よりも短い、ごく僅かな時間の事を言うらしい。幼き頃の邂逅は、まさにその言葉通りの出来事だった。……だからこそ、選んだ」
中東で助けた時。彼の姿が記憶の存在と重なって見えた。だから、関係ないと思いつつもその言葉を贈ると決めた。
今は……これ以上ないほど相応しい。
「――――刹那。それが私から君へ贈る、君の名前だ」
瞬間、目が眩むほどの光が溢れた。
視界が晴れた時、最初に映ったのは紅と翠の光。グラハムと同じく、右の紅と左の翠に輝く瞳はこうして向かい合うと、ちょうど対となる。続いてグラハムよりも少し控えめな大きさの人影と、背後で淡く光る六本の翼――に見立てた剣。七つ目の剣は彼の手の中にあった。褐色の肌と黒髪は中東で出会ったときと変わらない。
大きく変わったのは、表情。冷たく、何もかも諦めたような顔をしていた彼が、今は薄っすらと微笑みを浮かべていた。
「これで……君の願いは叶ったか?」
「――――ああ」
天使は欲した。
『自分を定義する象徴』を。
人間は欲した。
『天上の使者たる存在』を。
――――ここに、契約は結ばれた。
二つの光は対となり、空を地を翔け往く存在にならん。
「刹那! 君に聞きたいことが山ほどあるが――」
「俺も、お前に言わなければいけないことがあるが――」
グラハムが差し伸べた手に、刹那はそっと触れる。
死を覆し、いずれ迷う時も訪れるだろう。だが、そんなことを気にするようなグラハム・エーカーではない。
翼を失い、隔てるものは無くなった。失ったことより得たものの尊さを、刹那は受け入れていく。
だから今は――――
「飛ぼう! 私たちが出逢い、これからも往くべき空を」
「歩んでいこう。様々な大地を、自らの意思で……!」