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十六章 Daphne

「…………」
 ギシギシ、と身体が軋む音がする。
 辺りは油の臭いで充満していた。
 あの巨大な兵器はすでに煙を上げており、動く気配もない。
「――痛い、なぁ」
 ぽつりと、呟く。
 いま彼の身体を見れば、大半の人が悲鳴を上げるであろうことは想像に難くない。
 なにせ、機械の部分が見え隠れしているのだから。
「……でも、血は出るんだよな。これ」
 まるで自傷するかのように呟く。
 その言葉の通り、アデルの身体から流れるのは血液だ。
 こんな身体(モノ)が作れるのは、後にも先にも彼女――人形師ティーテレスだけであろう。
「痛っ……」
 身体に力を入れても痛みしかない。
 仕方がなく、アデルは目を閉じた。
「(たぶん誰か来るだろう。ナナハか、イラソルか……)」
 そんな風に思っていると、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
 声は複数。
「(あ、ヤバ――)」
 気が緩んだのか、意識が薄れつつあるのを感じた。
「(おいおい、リムたちまで連れてきたのか……見せたく、ないのに)」

「アデル様!!」
「イー君! すぐ馬車へ運んで!」
「言われなくてもっ」
「手当ての準備、デきてまス!」

 必死そうに彼の名を呼ぶ、大切な者たちの声を聞きながら、アデルは意識を失った。







 そこについた途端、目の前が真っ白になりました。
 黒くて大きななにかのそばに、アデル様が倒れている。
「アデル様!!」
 無我夢中で叫んでいました。
 イラソルさんがアデル様を運んでいるときも。
 馬車の中でニンフェアとイオンが必死に手当てしているときも。
 ナナハさんがお城のティーテレス整備室の中にアデル様を運び込んだときも。
 ……怖かった。
 私には、何もできなくて。
 ただ、泣いていることしかできなかった。
 こんな様じゃ、ダメなのに。
 怖いよ…………。



 気が付くと、あの日から一週間が経っていたみたいです。
 私たちはお城にいます。
 あれから数時間後、治療を終えたナナハさんとイラソルさんは王様のところへ行ってしまい、私たちは眠っているアデル様のそばにずっといました。
 ナナハさんによると、怪我そのものはもう大丈夫なそうですが、無理をしたせいで意識はしばらく戻らないらしいです。
 私は、ずっとアデル様の手を握っていました。
 あの時の怖さがずっとあるんです。
 手を放したら、アデル様が消えちゃうんじゃないかって。
 ニンフェアやイオンが心配そうに見てくるけど、やっぱり手を放すことができない。
 アデル様……はやく目を覚ましてください。

「――っ」
 え……?
 い、いま――
「つっ……ぁ、……リム?」
「あ、アデル様!」
 つぅっと、止まったはずの涙が溢れてくる。
「アデル、さまぁ……!」
 疲れたように笑うアデル様の名を呼びながら、私は泣いた。
「な、くなよ……リム」
「あ、アデル様のせいです! あんな――とっても怖かったっ!」
 涙と一緒に言葉も溢れてくる。
 アデル様の顔も見えない。
「ハハ……これじゃ、どっちが人間なのか、わかんないな」
「アデル様は人間です! 私はただのティーテレスっ」
 ただのティーテレスだから、何の役にも立てなかった。
 ううん、もうティーテレス失格です。
「ぐすっ……」
「やっぱり、お前は――お前たちは優しい、な」
 私の泣き声が、部屋中で響いていました。

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