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十二章 Rhododendron

 マスターという存在に仕えるためだけに作られる存在――ティーテレス。
 人の形をしているけれども、基本的に自由は認められていない。
 いや、そういったものを望まないようにプログラムされているのです。

 だから――こんな綺麗な洋服を着せられたのは、初めてです!

 ひらひらしたワンピース。
 とても女の子らしい洋服は、なんだか恥ずかしいです。
「おぉー、かっわいくなったよ!」
「ナナハさんが着ればいいじゃないですか。私なんかより……」
 この洋服の持ち主はナナハさんなのに。しかもナナハさんはいつもの服装だし。
「いやいやぁー、さすがに年齢的にね?」
「ナナハサんは今年で22歳デス」
「えぇっ!?」
 新たに判明した事実です。
 これで22歳……人間って不思議です。
「んじゃ、準備もできたし。いっくぞぉお!!」
 そう、今日はラノンケル様の即位式当日なのです。
 お城のほうでは昔ながらの儀式を行うそうなのですが、城下町ではお祭りがあるとか。
 ナナハさんはそれが楽しみだったんです。
 城下町……久しぶりです。



「わたあめだぞ~、どうだ!」
「ふわふわしてますね」
 先程から食べ物ばかり勧められます。
 いえ、おいしいんですが……そろそろつらいです。
「ソろソろ、儀式の時間デスね」
 広場の大時計が動き出そうとしている。
「……儀式って、どんなことをするんでしょう?」
 この国では王族に関わる儀式は、ほとんど国民が見ることはできない。
 即位式だって、国王様の顔すら見ることができないなんて変わってると思う。
「ん~? 簡単だよ。王座の前まで王様が歩いて行って、そこで冠を乗せてもらう。そしたら今度は、王様が剣を差し出して受け取ってもらう。で、おしまい!」
 え? ナナハさん、詳しくありません?
「冠は、誰ガ乗セるんデスか?」
 ニンフェアの疑問に、ナナハさんは口を開けかけて――やめた。
 そして悪だくみをするみたいな顔で、にっこり笑った。

「見たい?」







 ――ハッ!?
 なんで、こんな場所にいるんですか!?
 何故か私たちはお城の中にいます。いえ、本当にどうして?
「ははは、慌てない慌てない」
 すごく説得力がありません。
 こんなこと……アデル様に知られたら、怒られるんだろうな。
「ダイジョーブ、こっそり見るだけならバレないっしょ」
 そう言ってナナハさんは、人がいない廊下――家の10倍以上ありそうな――をぐんぐん進んでいく。
 まず入り方からおかしかったですよ。
 地下通路です。どうしてある場所を知ってるんですか。
 もしかして入るのは初めてじゃない?
 ナナハさんならありえそうです。
『王族専用のティーテレスが見てみたぁい!!』
 とか言って忍び込んでいてもおかしくないです。
 ……本当にそうだったらどうしよう。
「で、ここの真下が王座だったりするんだなー」
「……はぁ?」
 いつの間にか私たちは部屋の中です。
 なんでしょう、お城の部屋なのに……質素? 大きいけれど、豪華ではないです。
 こんな部屋まであるんですか。
「で、このスイッチを押すと!」
 もう驚くことはないと思いました。
「じゃじゃーん! 謁見の間が丸見えになりまーす」
 思ったのに! おかしいです。これがあの豪華なお城なんですか?
「ナナハさん、いつそんな仕掛けを……」
「これはもともとからだよ! わたしの大大大……ばー様が面白半分で付けたの!」
 なにしてるんですか!? もしかしなくてもナナハさんの性格は先祖代々からのものなんですか。
 しかも理由……。開いた口が塞がらない、という状態で固まってしまいました。
「お、しかもナイスタイミング! 王様の入場だよ」
 考えることを放棄して、私は言われるがまま地面の穴を覗き込みました。
 ちなみに後で聞いたところによると、この仕掛けは謁見の間からはわからない作りなんだとか。
 血筋って、すごいんですね……。


 赤い絨毯の上を歩いているのが、ラノンケル様。
 成人したばかりらしいけど、なんだかまだ子供らしさがある気がします。
 あ、あれが王座で……立っているのが――誰だろう? 王族ではなさそう。
 装飾の少ない服装は、動きやすさを重視した作りになってる。
 イラソルさんの軍服に近いかな。見た目はだいぶ違うけど。
 目元を仮面で隠してるから顔はわからないけど……。
 でもあの後姿、見覚えが――
「あれが『騎士』だよ」
 ふぇ? 
「この国をずーっと昔から見守ってきた、人形たちの救世主。そして、あの剣が」
 仮面をつけた人が王様の前で跪くと、王様は持っていた豪奢な剣をあの人に差し出す。
 その流れが、とても尊いものに感じられて……私は見入っていた。
「王家の秘宝の剣。普段は『騎士』が持っているんだけど、こういう儀式のときだけ持ってくるの」
 ナナハさんの説明を聞きつつも、私は騎士様を見つめていた。

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