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六章 Verbena

「あ……お手紙だ」
 外にあった郵便受けの中に、真っ白な封筒が入っていた。
 そういえば、前のマスターはたくさん手紙をもらってたけど、アデル様宛ては初めてかもしれない。
 もちろん私が来てからは、だけど。
「『イラソル』……?」
 聞きなれない名前だ。
 とりあえず、アデル様に持っていこうと、玄関へ手をかけて――

「あー!!」

 すごく大きな声があたりに響く。
 びっくりして、急いで振り返ると、私のうしろにはナナハさんがいた。
「な、ナナハさん?」
「そ、そ、それって……もしかして、イラソルから――?」
 私の身体をつかみ、そう怖い顔で訊ねてくるナナハさんに、私は必死に頷くことしかできない。
 時間が止まったかのように、ナナハさんの動きが止まってしまった。
「あ、あのー……ナナハ、さん?」
 私、動けないんですけど……。
 どうすればいいのでしょう――?

「玄関先で何やってるんだ?」
「あ、アデル様!」
 呆れた顔で出てきたアデル様。
 動けない私を、簡単にナナハさんから引き離してくれた。
「……で、どうかしたのか?」
「お、お手紙です……!」
 何とか無事だった手紙をアデル様に手渡す。
 よかった、破れたりとかはしてないみたい。
「イラソルからか! 道理でナナハが暴走するはずだ……」
 あれは暴走だったのでしょうか?
「よし、リム! ちょっとお使いを頼まれてくれないか?」
「あ……はい!」







「復活っ!! って、あれ? なんでアデルが目の前にいるの??」
「気絶してたお前を運んでやったのに……次からは放置するぞ」
 手紙の宛名を見ただけで気絶できるのなんて、世界中探してもそうはいないだろう。
 そんな的外れな感想を抱きつつ、アデルは手紙を読み進めていた。
 手紙には、相変わらず事務的な内容しか書かれていない。
「もう少し、柔軟な考えはできないのかよ……」
 愚痴りながらも、アデルの口には笑みが浮かんでいる。
 手紙の最後には、今日の日付と『この日に家に寄ります』という言葉が添えられていた。
「もっと早く教えてくれてもいいのにな~」
「無理だろ、アイツの仕事柄」
 そう言いつつ、アデルも似たようなことを考えていた。
 それを悟られないよう、手紙をナナハに投げ渡す。
「二枚目からはお前宛だ。……気絶するなよ?」
「しないもんっ!」
 まるで子供の様に反応するナナハだが、手紙を受け取った瞬間、再び寝かされていたベットへ倒れこんだ。
「冗談のつもりだったんだが……」
「な、なんて威力……! さすがイーくん……」
「(会って大丈夫か?)」
 さすがに心配せざるを得なかった。







 アデル様にお使いを頼まれた私は、商店街に来ていた。
 かごに入れいていくのは、カレーの食材。
 なんでも、今日来るらしいイラソルさんの好物なんだとか。
「……これで、全部だね」
 何度も確認したからきっと大丈夫。
 少しだけ緊張しつつ、私はアデル様の家へ――
 ……ま、間違えた。
『私の』家へ、帰ろう。

 家の前に、誰かいる。
 自信はないけど、たぶんあの人がイラソルさん……だよね?
「え、えっと……」
「ん? ああ、あなたがプリムラですか」
 あ、私の名前知ってるんだ。
 アデル様から聞いたのかな?
「は、はい! えっと――」
「イラソルです。軍に努めているのでめったに家(ここ)にはいませんけど、一応ここに住んでいます」
 軍人さん!?
 お城や王族の方をお守りする人で、なるのはとっても大変らしいのに……。
「イラソルさん、ですね。しっかり覚えておきます!」
「無理しなくていいですよ。どうせ、あの人が――」
 イラソルさんが何か言いかけたその時、

「イーくんっ!!」

 ナナハさんが、すごいスピードで飛び出してきた。
 そのまま勢いよく、イラソルさんにぶつかって――

「あー、リム。大丈夫か?」
「アデル様! そ、その……ナナハさんとイラソルさんが」
「……気にするな。いつものことだ」

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