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四章 Campanula

 私と同じぐらいのその人は、イオンをおもちゃみたいに抱えていた。
「ナナハ!」
 アデル様は驚いたような、呆れたような口調で言った。彼女はナナハと言うらしいので、名前を記憶しておこう。
 そう、考えていたら、目の前にナナハさんの顔が現れた。
「え、えっと……なんでしょうか?」
 恐る恐る話しかけてみる。すると。
「きみ、新しい子だよね?」
 と言われた。その通りなので、とりあえず頷いた。
「よっし! じゃあ行こっか」
「……?」
 意味がわからず首を傾げる私を、ナナハさんは強引に引っ張っていった。


 アデル様の家から歩いて少しの所に着いた。アデル様の家とよく似たような雰囲気を持つ、なかなか大きめの家だった。
「ようこそ、我が家へ!」
 どうやらここはナナハさんの自宅らしい。ズルズルと引っ張られ、家の中へと入る。
 中は、外観とはかけ離れていた。
 工具のようなものがあちらこちらに散らばり、床には図面らしき紙で足の踏み場が無い。それに全体的に埃っぽい気もする。
 すぐに掃除をしたくなった。
「ちょ~っと汚れてるけど、気にしないでね!」
「ちょっと、ではないと思いますが……」
 おそるそる言ってみるが、ナナハさんは笑って誤魔化すだけだった。
「ナナハ!」
 後ろからアデル様の声が聞こえた。少し怒っているような……?
「ん~? どったの、アデル?」
「説明もなしで連れ出すなよ……」
 呆れたような目でナナハさんを見るアデル様。
 アデル様の言葉で、そういえば連れて来られた理由を聞いていないことを思い出した。
「ありゃ、してなかったっけ?」
「してない!」
 軽い口調でごめんね~、と言うナナハさんを見て、アデル様はため息をついた。
 そしてナナハさんの代わりに、私に説明してくれた。
「ナナハは俺の……まぁ、友人でな。こんなのでも一応『人形師』なんで、よく世話になってる」
 人形師とは、私たちティーテレスを作ったり、修理したりすることを生業にした人のことだ。
「今日はきみを検査しよっかな~って思って連れてきたんだよ」
「け、検査……?」
 検査なんて、作られた後の起動チェックぐらいしかされたことがない。私が知っている限りでは、だけど。
「大丈夫だ。解体とかはされない。……たぶん」
 後に付け加えた『たぶん』って……。ちょっと不安になる。
「やだなぁ、アデル。アタシ、解体はしたこと無いよ!」
 解体『は』ということは、他には何かしたのだろうか……。
「血筋的に信用ならない。ノーチェなんて、復元不可能なまでにバラバラにしたんだぞ?」
「ばー様のころは、ティーテレスができたばっかだったしさ!」
 どうしてアデル様がナナハさんのお祖母さんのことに詳しいのだろうか?
「そ、そろそろ本題にいこう!」
 ナナハさんはそう言うと、部屋にある大きな台を指差した。
「ちょっとあの上で寝転がってくれる? 数分で済むからさ」
「わかりました」
 言われたとおり寝転がってみた。硬くて居心地はあまりよくない。
 私が寝転がるのを確認したナナハさんは、台の横にあったモニターを操作し始めた。本当に検査という感じだ。
「さーってと……わっ! 50世代じゃん!」
 感動したようにナナハさんはモニターを凝視している。私自身はなんとも思わないけど、やっぱり珍しいらしい。
「ひゃー……さすがだねぇ。感情器官まであるんだー」
 だんだんと目の色が変わっていくナナハさん。まるで水を得た魚だ。
「ナナハ、検査だよな? わかってるか?」
 アデル様がそう冷ややかに言う。生き生きとしているナナハさんとは逆で、目が笑ってない。
「怖っ! あ、当たり前じゃん!」
「じゃあ、さっさと終わらせろ。朝食が食べられん」
 アデル様……もしかして、それが本音ですか?

 本当に数分で終わった。何をされていたのかよくわからないけど。
「うん、異常なし! オールグリーンだね~」
「そうか……よかった」
 心の底から安心したように笑うアデル様。思わず聞いてしまった。
「あの……さっきの検査って……?」
「あ、結局言ってなかったや。あれはね~、君の体とかを見てたんだよ。アデルは心配性だからね」
 アデル様が心配性なのと何が関係あるのだろうか?
「君って廃棄所にいたらしいじゃん? だから、ね」
「あ……」
 そういうことか、といまさらながら理解した。
 普通に考えて、あんなところにいたのだ。異常が無いとは考えにくいだろう。
「イオンもあそこから連れてきたんだよ~。アデルの散歩コースだね」
「も、もういいだろっ! さぁ帰ろう。朝食だ」
 照れくさそうにアデル様はそっぽを向きつつも、私に手を差し出す。
 私はちょっとためらったけど、その手をとった。とても暖かい……。
「あ、アデル! お礼にご飯お邪魔するね~」
「はぁ!?」

 今日の食事はとても賑やかだった。


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