グラタンの作り方

「お、土宮。丁度良いところに」
キャンパス内の廊下で声をかけられ、土宮亮介は振り向いた。
そこには、同学年の文学部、間島和樹が立っている。
学部は違うが、就職説明会で隣の席に座って以来、何となく仲良くなった人物だ。
「間島。今、帰りか?」
自らも帰る素振りを見せながら亮介が問うと、和樹は頷いた。そして、ニコッと人好きのする笑みを見せながら近寄ってくる。
「土宮。お前、今から暇?」
「ん? あぁ、暇だけど?」
「じゃあ、彼は? ほら、前に話してた、料理が神レベルの従弟」
「時野? 多分暇なんじゃねぇかな? あいつ、運動部の大会の時以外は帰宅部だし、趣味のほとんどがインドアだし」
答えてから、亮介は「ん?」と首を傾げた。
「時野がどうした? 間島とあいつじゃ、絶対趣味合わないだろ」
亮介の問いに、和樹は「実は……」と少々照れ臭そうに頭を掻いた。
「料理を教えてもらえないかと思ってさ」
「料理? 何でまた……」
「いや、今度兄貴の娘……姪っ子を一晩預かる事になったんだけどさ。何か色々あって、俺が夕飯作る事になっちゃって。……で、姪っ子に何が食べたいかって訊いたら、グラタンが食べたいって……」
「……んで? そのグラタンの作り方を教えて欲しいって? けど、間島って料理できなかったっけ?」
妬ましい話だが、和樹は顔がそこそこ良いため、バレンタインデーには義理チョコを複数個貰うのが常らしい。……義理チョコ、というところがミソではあるが。
そして、そのお返しには毎年クッキーを焼いている、という話も聞いた事がある。
「うーん……俺、お菓子作りはまぁまぁできるんだけど、料理はあんまりやった事が無くてさ」
「けど、グラタンなんて珍しい料理でもなし。本でもネットでも、レシピなんて腐るほど転がってるだろ?」
言ってから、レシピに「腐る」という言葉はあまり好ましくないな、と思う。
それを全く気にする様子は無く、和樹は「けどさ……」と言葉を紡いだ。
「グラタンって、何か難しそうじゃない? オーブンもそうだけど、ホワイトソース作るのとかさ。レシピ通りにやれば良いって言われても、何だか独学で作るのは自信が無いんだよねー……」
「え。お前、ホワイトソースから作るつもりでいたわけ?」
てっきり、出来合いのホワイトソースを購入するものだと思っていた。グラタンを作るためのレトルトセットのような物まであるのだから、それを使えば楽なのではなかろうか。
そう言うと、和樹は「うーん……」と唸って、顔をしかめる。
「幼児にレトルトを与えるとさ、義姉さんが嫌がるみたいなんだよね。ほら、食育って言うの? 子どものころからレトルト食品ばっか食わせちゃいけない、みたいな」
「あぁ……」
何やら納得して、亮介は頷いた。そして、鞄から携帯電話を取り出すと時野にメールで用件を告げる。すると、1分と待たずに返信があった。
「OKだとさ。今から俺の家に来てくれるそうだけど……」
「本当か? サンキュー!」
拝むようなポーズを取った和樹に、亮介は「やめろって」と苦笑する。そして、それと同時に。
「あんま……期待するなよ?」
どこか遠くを見るような目で、呟いた。その真意がわからず、和樹は首を傾げる。
そして二人は足並みを揃え、亮介の家へと向かって歩き出した。




# # #




「オーブン使うから、料理に不慣れな人は難しそうに感じるんだろうけどさ。実際作ってみると、そこまで難しい料理じゃないよ、グラタンって」
エプロンを装着しながら、時野が言う。テーブルの上には、小麦粉、バター、牛乳、チーズ、野菜や肉類が数種と、マカロニ。それに塩と胡椒を初めとする調味料が並んでいる。
「グラタン(仏: gratin)は、フランスのドーフィネ地方が発祥の地といわれる郷土料理から発達した料理である。食材を加熱する際に焼きすぎてしまったものが発祥とされ、「オーブンなどで料理の表面を多少焦がすように調理する」という調理法、およびその調理法を用いて作られた料理の両方を意味する。この調理法を用いたものはすべてグラタンであり、デザート用に作られるものなどもある。日本では、「ベシャメルソースを用いたものをグラタンと呼ぶ」というイメージが強いが、それはグラタン全体の一部でしかない。……たくさんの人が作れて、伝えていく事ができなきゃ郷土料理にはなりえねぇもんな。だから、郷土料理が元になってるグラタンはそんなに難しくないだろう、ってのが俺の持論」
「ウィ●ペディア暗唱すんな」
「亮ちゃん、よくわかったね。今の文章がウィキ●ディアだって」
漫才のような二人のやり取りを、間島は苦笑しながら眺めている。やがて、手を洗い終えた時野が「よしっ」と呟いた。
「じゃあ、これから作り始めるけど。俺、教えるのは苦手だからさ、俺が作る様子をちゃんと見ててよ?」
言いながら、時野の手は既に野菜を刻んでいる。その手は、とても速い。速くて、何をやっているのか肉眼で確認ができない。
「ちょっ……速い速い速い速い!」
「待て、時野! 待……」
二人が止める間もなく、時野は早くもコンロの前に立ち位置を変えた。やはり素早い動きで、鍋に材料を投入していく。勿論、早くて何をどういう順番で入れているのか視認できない。
亮介と和樹の二人は絶句し、凍り付き。
そして、十数分後にはこんがりと焼けた美味しそうなグラタンが、二人の目の前に供されていた。
「これで完成! な? そんなに難しくなかっただろ?」
「……いや、充分難しかったと思うよ……」
「見るのがな……」
何とか、それだけ呟き。そして二人は、グラタンを口にした。美味かった。




# # #




「……何か、ごめんな。間島……」
駅までの道を歩きながら、亮介は申し訳なさそうに和樹の顔を見た。
和樹の手元には、書店の袋。結局あの後、レシピ本を購入する事にしたのだ。レジにいたのは和樹と同じゼミの、三宅という女子学生だった。
レシピ本を買おうとした事でややからかわれていた様子に、罪悪感を抱いてしまう。
「良いって良いって。結果的に美味しい物が食べれたし。……と言うか、本当に神レベルなんだな、お前の従弟……」
和樹の言葉に、亮介は曖昧に笑って見せた。
正直、あの従弟は本当に変な意味でスペックが高過ぎて、褒められても何と言った物か思い付かない。
それにしても、折角頼られたというのに、何の力にもなれなかったのが悔しい。
亮介は思わず和樹から見えないようにため息をついた。
「何をそんなに悔しがる必要があるんだい? キミには、その問題を解決する力があるっていうのにさ」
突如、足元から声がかかり、亮介は思わず硬直した。
「土宮?」
不思議そうな顔で和樹がこちらを見ているが、中々平静を装う事ができない。
足元には、全長は五十センチ程度でほとんど白に近いような薄い緑色をしている、餅かマシュマロでできているのではないかと思うほどに柔らかそうで、サファイアのような濃い青色の大きくつぶらな眼と犬かウサギを思わせる頭部を持ち、短い四肢があり、すらりと伸びた尻尾が揺れ、そして背中には空を飛べるとは思えないほど薄いセロファンのような羽が生えている生物が佇んでいた。
亮介は、思わずその生物を引っ掴んで路地裏へと駆け込む。
「トイフェル! お前、何でこんなところに……!?」
「お祭り作品なんだ。この場にいてはいけないはずのキャラクターが存在していても、おかしくはないだろう?」
「いきなりメタ発言すんな」
呆れた顔でツッコミを入れ、それから亮介はふと、訝しげな顔をした。
「ところで、さっきの……俺に問題を解決する力があるってのは……?」
「キミがあの友達に、何とかグラタンの作り方を習得させてあげたいと思っている問題の事さ。独学で挑戦しなくても、学ぶ為の場を設ける事を可能とする力が、キミにはあるじゃないか」
「え? けど、時野の料理教室じゃあ、あの通り……」
亮介がそう言うと、トイフェルはやや呆れたような半目になった。
「何でそうやって、可能性の範囲を狭めるんだい? 従兄弟クンに頼らなくても、キミは魔法使いなんだ。その気になれば、良い先生がいる世界へと次元を繋ぐ事だってできるだろう?」
「次元を繋ぐって……そんな大それた事、俺の魔力じゃ……」
「できるさ。これはお祭り作品なんだからね」
「……だから、メタ発言すんな……」
がっくりと肩を落とすが、トイフェルのメタ発言にはかつてないほどの説得力がある。確かに、魔法を使って料理教室的な場所に行く事ができれば、手っ取り早い。
「……何やってんだ、土宮?」
「うわぁぁぁっ!?」
背後から和樹に声をかけられ、亮介は跳び上がらんばかりに驚いた。その声に、声をかけた和樹も驚いている。
亮介は振り向き、和樹と相対する。どちらも、次にかける言葉を探しあぐねているような状態だ。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。亮介は、意を決した。
「間島……悪い。今から、ちょっと夢を見てもらうぞ」
「へ?」
和樹が何事かを問う前に、亮介は指揮者のように右腕を振った。
次の瞬間には、二人の眼前に巨大な暗い穴が出現する。
「なっ……何だ、これ……」
言い切る前に、穴は強烈な吸引力を発揮し始める。二人は抵抗する事もできないまま穴に吸い込まれ。そしてその穴は、やがて消えた。




# # #




「う……いてて……」
勢いよく地面に打ち付けた腰をさすりながら、亮介は立ち上がる。横では、和樹が辺りを見渡していた。
見たところ、二人とも怪我らしい怪我はせずに済んだようだ。
「……ここ、どこかな……?」
「いや……実を言うと、俺にもよく……」
申し訳なさそうに亮介が言うが、和樹は首を傾げている。それは、そうだろう。あのような穴が現れて、それに吸い込まれた、という展開が亮介の魔法によるものだとは、普通は思うまい。
そもそも、亮介自身が、ここがどこなのかわかっていないのだ。魔法を使う際に念じた事は、ただ一つ。「料理と教え方が上手い奴のいる場所に」
だが、見たところ辺りに、それらしい人物はいない。
「ひょっとして、失敗した……!?」
青ざめる亮介の横で、和樹が遠方を指差して見せる。
「あっ……おい、土宮、あれ!」
「え?」
和樹が指差した先。木が生い茂るその向こうに、炊煙が立ち上っているのが見えた。




# # #




茂みを掻き分け、抜けた先には、開けた場所があった。
そこそこ広く、木のテーブルや椅子がいくつか置かれ、かまどや石釜オーブンまである。
レベルの高いキャンプ場のような場所だ。
そこに、いくつかの人影。かまどの上にはぐつぐつと音を立てる鍋。
どうやら、この人達が何かキャンプの料理をしていた事によって発生したのが、先ほど亮介達が目撃した炊煙のようである。
その場にいるのは、男性が一人と、少年が一人、そして少女が二人。
男性以外は、皆、額なり頬なり、体の一部に文字が記されている。
「あれ……まさかとは思うけど、入れ墨……じゃない、よな……?」
「あんな大人しそうな子達が? 寝ている間に落書きされたって言われた方が、まだ説得力があるんじゃないかな?」
「三人もいるのに? しかも、あんなわかり易い場所に書かれているのに、誰もツッコまない、とか有り得るのか?」
ひそひそと話しているうちに、先客は亮介達の存在に気付いたらしい。一人の少女が、恐る恐ると言う様子で近付いてきた。
「あの……どうかされたんですか?」
声をかけられ、二人は顔を見合わせる。
どうされたのかと訊かれても、どうしたのか答えるのが難しい。変な穴に吸い込まれて、気付いたらこの辺りにいたんです……と言ったところで、誰が信じてくれるのだろうか。
答えないまま困った顔をする二人に、問うた少女も困惑気味の顔になる。
黙り込んだままの様子が不審に思えたのだろうか。保護者と思われる男性が近寄ってくるのが、亮介の視界に入った。




# # #




「じゃあ、リョウスケさん達も気付いたらこの場所に?」
問われるまま、亮介と和樹は頷いた。
亮介は、実は自分の魔法のせいでここまで来たんだ、という点を伏せておく。
話がややこしくなりそうだし、「お祭り作品だから」というメタ発言が通じるような相手かどうかもわからない。
「も……って事は、プリムラさん達も?」
和樹に問われ、相手の少女――プリムラは頷いた。
「私達は、ピクニックに行くところだったんです。そうしたら、慣れたはずの森の中で迷ってしまって……ここで休憩をしていたところなんです。……そうですよね、アデル様?」
プリムラの言を受け、アデルと呼ばれた男性は頷いた。
「当ても無くぐるぐると歩き回っていたところで、良い結果は得られそうになかったからな。開けた場所に出たのを幸い、今後の事を考えがてら休憩する事にしたんだ。お誂え向きに、立派なかまどもある事だしな」
なるほどな、と二人は頷き合った。更に、かまどがあるメリットを証明するかのように、今まで会話に加わっていなかった少女と少年がやって来る。
プリムラとアデルの話では、あの二人はニンフェアとイオン、という名前らしい。
「みなサん、お茶が入りまシたよ」
二人が両手に持っているカップには、綺麗な色をした紅茶がなみなみと注がれている。
視線を巡らせれば、向こうのテーブルの上にはポットとバスケットの姿が見える。
かまどの上には、先ほど煮立っていた鍋。
どうやら、あの鍋で沸かした湯で入れた紅茶だ。
ティーセットや茶葉は、彼女達が持参した物なのだろう。
ピクニックに行く途中という事だったから、元々目的地でお湯を沸かして、お茶を楽しむつもりでいたのかもしれない。
紅茶のカップを両手で受け取り、亮介は迷いながらも本題を切り出した。
「ところで……つかぬ事を伺うようなんですが……あなたがたって、ひょっとして……料理が得意……だったりしますか?」
料理と教え方が上手い奴のいる場所に≠ニ念じて、辿り着いた場所にいる人間だ。
ならば、目の前の人物達が料理上手で教え上手である可能性は十二分に有る。
プリムラ達は揃って顔を見合わせた。
「料理……と言いますと?」
「具体的にハ、どのヨうな料理の事デしょうか?」
「……グラタン、とか……」
和樹は、何故亮介がいきなりこんな話を持ち出したのかわからない、という顔をしている。
だが、話が元々自分が希望した料理の事とわかり、すぐに真剣な表情になった。
一方、プリムラ達は少々考えるような顔をしたかと思うと、ニコッと笑う。
「大丈夫です。レシピの記録が見付かりましたから、作れますよ!」
「私もデす」
声には出さないが、イオンも手を上げて、作れると意思表示している。
その様子に、和樹が顔を輝かせた。そして、紅茶のカップを持ったまま、身を乗り出すようにする。
「あの……じゃあ、もし良かったら、お願いがあるんですけど! ……記録?」
少しだけ、「ん?」と首を傾げて。すぐに「ま、良いか」と呟いて。そして、自分がグラタンの作り方を習得する必要がある事を、経緯を加えて説明した。
「そんなわけで、もしご迷惑じゃなければ、グラタンの作り方を教えて欲しいんですが……」
すると、プリムラが目を輝かせる。
「迷惑だなんて! 姪っ子さんに美味しいグラタンを食べさせてあげるのに私がお役にたてるのなら、喜んで協力させて頂きます!」
「俺も、異存は無い。……が、材料は?」
アデルの問いに、一同が「あ」と声をあげる。材料が無ければ、作る事はできない。
「あー……」
亮介は、間延びした声を発しながら、頭を掻き。そして、唐突に。
「あーっ!!」
あらぬ方向を指差して叫んだ。声の大きさに、思わずその場にいる全員が亮介の指差した方を見る。
全員の視線が逸れた機を逃さず、亮介はもう片方の手を振った。
「おい、土宮。何だ?」
「何も見えませんよ?」
「あ、あー……悪ぃ。なんか、俺の勘違いだったみたい」
やや棒読み気味に言いながら、ちらりと横目でテーブルの上を見る。つられるように、他の者もテーブルを見た。そして、目を丸くする。
「あれ!?」
「これ……最初からここにありましたっけ?」
「いや……」
一同が注目するテーブルの上には、小麦粉、バター、牛乳、チーズ、野菜や肉類が数種と、マカロニ。それに塩と胡椒を初めとする調味料が並んでいる。
どれも、家で時野が用意していた物だ。もっとも、場の雰囲気に合わせるため、牛乳は瓶入り。バターやチーズは薄紙に包まれているだけだし、塩と胡椒は木製の容器に入っている。
RPGから得た知識だけでは、これが限界だ。「こんな容器は見た事が無い」と言われても、対処のしようが無い。
だが、幸いにもそんな疑問は発せられない。当たり前だ、それ以上の疑問……すなわち、「これらはどこからやってきたのか」があるのだから。
しかし、それに関しても対策済みだ。
「あ、ここ。ラベルが貼ってあるよ。「無料奉仕品。旅人の皆様、ご自由にお食べください」だって」
「見てクださい。あそコに、調味料を運ンでいる動物がいマす」
皆が注目する先では、トイフェルが調味料の小瓶を入れたバスケットを咥えて運んでいる。
指示は、魔法を使って心に直接出した。
お祭り作品だと開き直ってしまえば、たしかに何でもアリだ。
この際、面倒事を増やさず早急に帰宅できるよう、存分に利用する事にしようと、亮介は決めた。
「じゃあ、この材料を使って、早速……」
プリムラがそう言って材料に手を伸ばしかけた時。
ガサリという、茂みを掻き分ける音が聞こえた。それも、2ヶ所から同時に。
「……まだ誰か来るのか……」
誰にも聞こえないほど小さな声でぽつりと呟き。亮介は思わず、頭を抱えた。




# # #




「じゃあ、ここでグラタンを作らないと、元の場所には戻れない……そういう事なんですか?」
そう言って、新たな登場人物、リノと名乗る少女は訝しげに首を傾げた。
同行者のリアンなる青年は、あからさまに不機嫌そうに顔を歪めている。
「まぁ……何と言うか、そういう雰囲気で……」
グラタンを完成させれば帰れるという保証はどこにも無いのだが、多分流れ的にそうなのだろうと推測して、亮介は頷く。
それと同時に、いつの間にか皆が勝手にそう認識してくれていた偶然がありがたい。
「グラタンですって。アイリーン、作れる?」
「えぇ。長らく作っておりませんが、問題無く作れると思いますわ」
「じゃあ、決まり! 早速作りましょう!」
エリザベートと名乗る――どうやら王族であるらしい――少女が、目を輝かせて言う。
すると、アイリーンと呼ばれた女性はやや厳しい顔をした。
「それは構いませんが、陛下は絶対に、大人しく待っていてくださいませ。火も刃物も、下手に近付いたら大怪我をしてしまいますもの」
王族どころか、王様であったらしいその少女は、どこかつまらなそうな顔をしながらも「はーい」と言って大人しく椅子に座り直した。
「やるなら、さっさとやるぞ。もたもたしているうちに、ホースが夕飯の準備に手を付けたりしたら大惨事になるからな」
「そうね……サーサが止めてくれるとは思うし、いざとなったらシンとウィスが何とかしてくれるだろうとも思うけど……できるだけ、急ぎましょう」
リアンとリノが、やけに深刻そうな顔をして立ち上がる。
どうやら、変なところに呼び出してしまったせいで、彼らの実生活の方に支障をきたしかけているようだ。
亮介は、心の中で土下座した。




# # #




「まズは、材料を確認しマす。今回は、和樹サンの依頼のタめ、本番にそナえて、2人分を作成シます」
「ですからホワイトソースの材料は、小麦粉とバターが20gずつ、牛乳が300ml、あとは味の調整用に塩と胡椒を少々ですね」
そう言って、プリムラとニンフェアが手際よく材料を量っていく。器具も無いのに、目分量だけで器用に量っていく。
「イオンとアデル様は、グラタンに入れる具の準備をしてください」
「わかった。じゃあ俺は野菜を切っておくから、イオンはマカロニを茹でておいてくれるか?」
イオンがこくりと頷いて、鍋とマカロニを手に移動し始める。
亮介はマカロニを出す際に、10gずつの小袋をいくつか出しておいたのだが、イオンはそれを3つ手にしている。
「2人分なら、マカロニは30gくらいで良いのか」
「まぁ、茹でればかさは増えるしね」
メモを取りながら頷き合う亮介と和樹の目の前では、アデルが野菜を切り始めている。
タマネギだけだ。
「え、タマネギだけですか?」
「他の野菜を入れても良いけど、初心者には荷が重いだろ? それぞれの野菜の火の通り易さも考えなくちゃいけないし」
「タマネギだけなら、すぐに火も通りますから、手早く作れますしね」
アデルの横でアイリーンとリアン、リノまでが野菜を切っていて、亮介はギョッとした。
「あの……三人は何を……?」
「何って……」
アイリーンが苦笑する。
「グラタン一品だけを出して終わりにするつもりか? スープぐらいはあった方が良いだろうが」
「大丈夫、小さなお子さんでも美味しく食べる事ができる野菜スープを作りますから」
そう言って、三人はあっという間にニンジン1本、トマト2個、ジャガイモ1個をさいの目に切っていく。トマトは、種をスプーンで取り除いている。
アデルが薄く串切りにしたタマネギの半分を、スープ組に手渡した。どうやら、スープにもタマネギを入れるらしい。
手の空いたアデルはまな板をさっと洗い、今度はベーコンを一口サイズに切り出した。
できあがるのはどうやら、ベーコン入りの野菜スープだ。
かまどの方では、プリムラとニンフェアがホワイトソースを作り始めている。
ここが一番重要なところだろうと、二人はかまどに近寄った。
「牛乳は、膜が張らない程度に温めておくと良いですよ。その方が、後で他の材料と混ざりやすいですから」
「まズは、小麦粉を篩いで篩ってくダさい。きめ細かい小麦粉を使ッた方が、舌触りの良いホワイトソースになリます」
ふんふんと頷きながら、和樹はメモを取る。
彼女が小麦粉を篩っている間に温まったらしい牛乳の鍋を脇に置き、プリムラは新たな鍋をかまどに置いた。
「鍋でバターを温めて、溶かします。火力が強いとバターが焦げてしまいますから、弱火でゆっくり溶かすと良いですよ」
そう言って、かまどの薪を加えたり出したりしながら、火力を調整している。
「バターが完全に溶けたら、先ほどニンフェアが篩ってくれた小麦粉を加えます」
「いきナり全部入れるノではナく、様子を見なガら少しズつ入れるト良いデす」
小麦粉を少しだけ溶けたバターに加え、木べらでよく混ぜる。完全に混ざったところで、また少しだけ入れる。
それを数回繰り返していくうちに溶けたバターは液体から固体になっていく。
鍋の中に、薄黄色の物体が出来上がった。
「わかった。次に、さっき温めておいた牛乳をいれるんだね?」
和樹が言うと、プリムラはニコリと笑って頷いた。
「はい。これも、一度には入れず、少しずつ加えていって、様子を見てください」
そう言って、少し牛乳を足しては木べらでかき混ぜ、鍋から水分が無くなるとまた牛乳を加え……を繰り返していく。
薄黄色だった固形物が次第に白くどろりとした液体になっていく様子を、亮介と和樹はまじまじと見詰めた。
やがてプリムラは「こんなところですかね」と言って、牛乳の入った鍋を再び脇に置いた。
鍋の中には、まだ牛乳が残っている。
「あれー、まだ牛乳が残っているわよ? 全部入れなくても良いの?」
突然、背伸びをしたエリザベートが鍋を覗き込んできて、一同は「うわぁっ」と小さく悲鳴をあげた。
呼吸を整えてから、プリムラは「はい」と言う。
「小麦粉の質ですとか、火加減やその日の気温ですとか……条件によって少しずつ必要な量は変わってくるんですよ。レシピ通りではなくても、丁度良いとろみになったら、無理に残りの牛乳を入れなくても良いと思います」
「確かに。無理に入れたら、水っぽくなりそうだしな」
納得して頷く亮介の目の前で、ニンフェアが塩と胡椒を少々加え、味を調えている。この「少々」も、味を見ながら自分で適量を見付けるのが良いのだろう。
「陛下! 大人しく待っていてくださいと申し上げたではありませんか!」
かまどにたむろしている者達の様子に気付いたのか、呆れた顔でアイリーンがやってくる。
エリザベートはイタズラが見付かった時の子どもの顔になって、再び「はーい」と言うと椅子に戻ろうとする。
「あ、ちょっと待ってください」
そう言うと、プリムラは鍋に残っていたホットミルクをカップに注ぎ、ティーセットの中の砂糖壺から砂糖をひと匙加えた。
ほんのり甘いホットミルクを、エリザベートに手渡す。
「ありがとう」
カップを両手で受け取り、嬉しそうに笑うと、エリザベートは今度こそ椅子に戻っていった。
その様子を同じく嬉しそうに見ながら、プリムラは亮介達に向き直る。
「これで、ホワイトソースは完成しました」
「あトは、グラタンの具が用意できレば、次の作業に移れマす」
「あぁ、それでしたら……」
そう言って、アイリーンが視線を先ほどまで自分がいた場所へと向ける。
マカロニは既に茹で上がり、笊からは湯気が立ち上っている。手が空いたらしいイオンはレタスを千切り、トマトとキュウリを切ってサラダを拵えていた。
アデルはタマネギと、一口大に切った鶏のもも肉をフライパンで炒めている。香りから察するに、こちらもバターで炒めているのだろう。
横のかまどでは、リノが大きめの鍋を火にかけてやはりタマネギを炒めている。タマネギがあめ色になったところで、ニンジンを加えて炒め、次にジャガイモを加えてまた炒める。
水を注ぎ入れ、トマトとベーコン、コンソメを2つ加えると、蓋をした。
「これでしばらく煮込んだら、スープの完成よ。本当は、1時間は煮込むと良いんだけど……」
スタートが同時だったため、どうしてもグラタンの方が先にできあがりそうだ。
プリムラとニンフェアが、石釜オーブンに火を入れて温め始めている。
リアンがバターを塗った耐熱皿を寄越し、そこにイオンとアデルがそれぞれ、マカロニと炒めたタマネギ、鶏肉を盛る。
その上にプリムラがホワイトソースを流し入れ、ニンフェアが削ったチーズを振りかけた。
そして、丁度温まったオーブンに、二つの耐熱皿を入れ、蓋をする。
あとは、焼き上がるのを待つばかりだ。
オーブンから、チーズの焦げる良い香りが漂ってくる。
亮介と和樹は、時野のグラタンを食べてまだそれほど経っていないはずなのにも関わらず、ぐぅ、と腹の虫が鳴いたような気がした。




# # #




「……あれ?」
ハッと気付くと、そこは街の中だった。亮介と和樹は顔を見合わせ、二人揃って目をしばたたく。
「えーっと……今の……」
「まさか、夢オチ……!?」
何とも言えない微妙な気分になりながら、亮介は視線を巡らせる。
すると、壁際にいたトイフェルと視線がぶつかる。
トイフェルは何事も無かったかのように近付いてくると、和樹の気が他へ逸れた隙をついて、言った。
「まぁ、お祭り作品だからね。こうでもしないと、収拾がつかないだろう?」
「……だから、メタ発言をするなと……」
「あれだけ開き直っていたキミが、よく言うよ」
ぐうの音も出なくなり、亮介は黙り込んだ。
その横では和樹が、いつまでも不思議そうな顔をして首を傾げていた。




# # #




「お、間島。どうだった? 姪っ子、喜んでくれたか?」
あれから数日経った、ある日の昼下がり。
大学のキャンパス内で和樹の姿を見付け、亮介は声をかけた。
すると、振り向いた和樹は「あぁ……」と言って、苦笑いをして見せる。
「お陰様で、グラタンもスープも、何とか作れたよ。あの変な夢で見たんだけど忘れちゃったようなところは、レシピ本を見直したら補完できたし。ただ……」
「ただ?」
亮介が聞き返すと、和樹は更に情けなさそうに苦笑いをした。
「アレンジしようと思って、星形に切ったニンジンをグラタンに入れてみたんだけどさ……ちゃんと火が通って無くて硬かったみたいで、不評だった……」
「あぁ……」
そう呟いて、亮介も苦笑した。
「他の野菜も入れるのは、初心者には荷が重い」
そう言われた記憶が、蘇る。


結論、初心者はアレンジをしようなどと考えない方が良い。


そんな事をぼんやりと考えながら、亮介は和樹と別れ、講義を受けるべく教室へと向かった。

相互リンクさせていただいております『若竹庵』の小さんから、なんとコラボ小説を頂いてしまいました!!
実はこれ、四月半ば頃にTwitterで「料理上手な子らでレシピ小説あったら面白そうだなぁ」と呟いてた小さんに「ぜひ書いてくださいっ!」と脅迫スレスレで頼んでみたものだったりします(笑)
ほとんど冗談だったのに……(最低だ)
小さん、こんなにも素晴らしい小説をありがとうございましたー!