「クククッ! あーはっはっは!!」
妖艶な姿である美女の口から、何とも言い難い――自分とは立場が逆の者であるかのような――歓声が発せられた。
なんやかんやあって、ミドナの今の姿は初めて会った時の魔物じみた容姿ではなく、本来の姿であるという妖艶な女性だ。魔女シアを打倒し、かけられた呪いが解けたのである。
今までの鬱憤を払うかの如く、魔物たちの残党が群れる中を突き進んでいくミドナ。陰りの鏡というらしい武器を手に、襲いかかる敵をなぎ払い、押しつぶし、跡形もなく消滅させていっている。
……正直言おう。彼女が敵じゃなくて良かった。
この一連の事件で数多の魔物と戦ってきたが、それらよりも今のミドナの方が怖い。
周囲を取り囲まれたと思ったら黒い結界陣ようなものを発生させ、魔物たちを一瞬で倒した時の彼女の笑顔ほど恐ろしいものはなかった。
鏡を通じてか、いろんなものを召喚しては敵陣に振り落としていく。まさに台風のようだ。
一応、いつでも援護できるよう彼女の後ろについているが、自分は本当に必要だろうか。ミドナの攻撃の範囲は凄まじく、自分のところまで生きた魔物が向かってくることは無い。
こんなこと戦場で言うものではないが、ぶっちゃけ暇だ。
「ゼルダ様の方も……大丈夫そうだな」
チラリと別行動中のゼルダ姫率いる部隊が向かっている方角に耳をすませば、砦を落としたらしい歓声が上がっている。首尾は上々のようだ。
もっとも、この魔物たちは率いてきたものを失って本能赴くままに暴れているに過ぎない残党。烏合の衆と言っても差支えがない。こんな奴らに今更敗北という未来を喰らう訳が無いのだ。
再び眼前のミドナに意識を戻すと、おそらく敵の本拠地と思われる砦に侵入を試みている真っ最中だった。
「あっ! ちょっとミドナ!」
いくら抑えられていた魔力が元に戻り、今まで以上に力が振るえるからといって、敵の心臓部に一人で突入は無謀である。かつての自分もマスターソードを抜くことができたという喜びとその力に酔い、敵の罠にまんまと引っかかってしまったことは記憶に新しい。今でも思い出すだけで顔から火が出そうなぐらい恥ずかしかった。
ミドナもどちらかといえば感情的になるタイプなので、あの時の自分ほどではないと思うが、多少の慢心ぐらいはしている可能性もある。
何かあってからでは遅いと、一目散に駆け出した。幸か不幸か、敵はミドナに釘付けでこちらには見向きもしない。
「ミドナっ!」
彼女は既に砦の中へと侵入していた。焦りながら自分も、と足を踏み入れた瞬間。
「――――じゃあな」
つぅ、とミドナが瞳より透明に煌く雫を零し、手で弾いた。
――――バリィンッ!
硝子が砕け散る音。その音を聞いた瞬間、世界が停止したような錯覚に陥った。
息が出来ないほど苦しい。口から悲鳴が溢れ出そうで、でも言葉にならない。
――――何故? 駄目だ、やめろ。待って、行くな……!
誰かの悲痛な声が頭の中に痛いほど響く。何処かで聞いたような、いや知らない気もする。一体、この声はどこから聞こえているのだ?
「……ぃ……? ……おい、リンク?」
頭上から降ってきた声にハッとした。
気がつけば自分は、ミドナの腕をしっかりと握りしめていた。決して、離さぬように。
「あ、あれ? ミドナ?」
「お前……なんで泣いてるんだ」
はた、はた。
ミドナに言われて、自分が涙を流していることに気づき、驚いた。というか、自分はいつの間に彼女の腕を掴んでいたんだ?
「な、なんでだ? う……」
止まらない。悲しいのか嬉しいのか悔しいのか。大きな感情がたくさんごちゃまぜになって、どれが自分の気持ちなのかもわからない。
オロオロしているミドナに何も言えず、ただ零れ落ちる涙を拭うことしかできない。
「リンク、お前……」
「ご、めん。もうちょっと待って。……なんでだろう。さっきのミドナの技見た瞬間、すごく怖くなって――」
そうだ。怖かったのだ。あの瞬間、知らないはずの景色とあの状況が重なって。
『“また”勝手に行ってしまうと思った――』
「――――っ!!」
知らないうちに呟いた言葉に、今度はミドナの表情が凍った。
え、とこちらが呆気に取られていると、彼女は悲しみを押さえ込んだ表情で告げた。
「……悪い。もう、あの技は使わない」
「え、あ、いや! 大丈夫だ! こっちこそ急に変なこと言ってゴメン」
「こっちこそ……悪いな」
「あっ――――」
そう言い切ると、ミドナは自分が掴んでいた腕をサッと払い、駆け足で砦から出て行った。
近くからは戦闘終了を告げる伝令の声が聞こえる。
ゼルダやラナあたりがこちらに向かってきているだろうが、足は動かなかった。
身体は未だに震えている。さっきまでミドナの腕を掴んでいた手が、一番ひどかった。だが、頭に響いていた声はもう聞こえない。最後に聞こえた言葉は、嬉しさと安心さが入り混じった涙声で。
「今度は、間に合った――――……?」
そう告げたのは、誰だったのだろうか。