光に溺れる

光堕ち了遊 & 光→遊

※遊了のような描写あり(本人的には了遊のつもり)



 ――すべては、偉大なる■■のために。


「ヴァレルロード」

 主の呼びかけに、従順なるドラゴンは咆哮を上げる。
 対戦相手に終の砲弾を浴びせるべく、カウントダウンのごとく銃身を模した巨体のギミックが音を鳴らした。相手は黙したまま何のアクションも出さない。当然だろう。すでに手札はなく、伏せられたトラップ類の正体は見破っている。可能性があるとすれば墓地からの反撃だが、それも対処方法に目処はついていた。ここから逆転の目は有り得ない。

「――――っ、り」

 発射する刹那、初めて相手がカード効果以外の目的で口を開いた。まっすぐこちらを見て、ひどく悲しそうに訴えようと声を張り上げた。その姿にどこか既視感を覚えた気がして。

「■■■■――――!」

 ジジ、とノイズが走った。
 その事実に思わず蔑みの笑みが浮かぶ。くだらない命乞いの言葉でも口走ったのだろう。そんな愚かなことをするぐらいなら初めから止めておけばいいものを。
「残念だが、貴様の戯言など私の耳には入らんよ。――――疾く、失せろ!」
 その言葉を引鉄にヴァレル・カノンが発射され、視界は閃光に包まれた。最後まで相手は何かを発声していたようだが、全て不要な情報(ノイズ)として処理され届かなかった。
 爆風が通り抜ける。思わず腕で顔をかばいながら、ふと物足りなさを覚えた。視界が戻り対戦者の姿が消えていることを確認すると、足りないものを探すように手を動かす。
 正体はすぐに判明した。ピアスを変えたことを忘れていたらしい。以前までの銃弾を象ったピアスでは風で揺れるたびに金属音が響いていた。お気に入りだったのだが、今のピアスはもっと大切なものになったのだから仕方がない。
「ああ、早く戻って報告しなければ……」
 新たに耳に収まっている、菱形に輝くピアスを恍惚とした表情で触れながら鴻上了見は控えていたヴァレルロードの背に飛び乗った。


 意志を持ったAI、イグニスが人類を支配し始めて半年近く。
 AIらしく合理的に彼らは人間を選定していった。無駄な人口は浪費につながると、一定の基準を満たさないものは消去。ラインを越えたものには絶対的な服従を条件に庇護を約束した。
 無論、人類がそれを受け入れるには程遠く。多くの者が反乱分子として拮抗を続けていた。それに対抗するのはAIではなく、庇護を約束された選ばれた人間で。
 世間はすでに、AIではなく隣人を敵とみなしつつあった――――


 古めかしい石造りの遺跡のような拠点。その内装は外観からは想像もできないほど豪華な宮殿じみていた。ちぐはぐなのは【人間の生み出した文化を保存する】ことに焦点が置かれているためだろう。飾られた小物ひとつとっても、造られた製法、年代、作風など何一つ同じものはない。博物館や資料館――いや、ここまで来ると文明シェルターと言っても過言ではないだろう。
 そんな建物の最深部。大きく開けた広間にて、了見は恭しく片膝を付き深く頭を下げながら奥にいる相手に報告を述べていた。
「先刻退けた者は恐らく反乱分子の中でも幹部クラスと思われます。これでしばらく奴らの動きは鈍くなるでしょう」
 日々激化をしていく反乱行為。基準に満たない雑兵など恐れるほどの存在になりえないが、現状は多勢に無勢だ。そんな中で今日持ち帰った戦果は中々のものだと自負する。トップが揺らいだ組織ほど脆いものはない。

『…………ふむ』

 電子音じみた声とともに一閃が瞬く。
 黒いシルエットの人型に小さな身体を預け、淡い緑光の瞳が薄暗い広間に灯った。黄色の菱形のような模様を身体に幾つも浮かべ、複雑怪奇なアルゴリズムで構築されたAI――光のイグニス、ライトニング。
 その姿を認めた了見は、己の心臓が早鐘を打つのを感じる。

 ■の無念、■■すべき存在、■■■■■すら手に■ける■■なAIに――――なぜ、私は■■している……?

 ノイズが混じる思考回路。己の心音と記憶が耳の奥で反響しあって聞き取れない。いま自身がここにいることが酷く間違っているのではないかと、足元が揺らぐほど恐ろしい考えが脳裏によぎる。
 それを。

『――――よくやった、了見』
「…………ぁ」

 ぽん、とバイザー越しに小さな手が了見の頭に触れる。たったそれだけで、了見の思考はたった一色に染め上げられた。
 まるで脳内に直接感情のデータを流し込まれたかのごとく、荒波のように押し寄せるのは【幸福感】。この方の役に立てた喜びで胸も頭も真っ白になる。瞬く間に、つい先程まで抱いていた感情が何だったのかも思い出せなくなっていた。
「ありがとう、ございます……!」
 再び深々と頭を下げるとそれにつられるように、つぅ、と一筋の雫が伝う。感動のあまりに出たのか、それとも不要な感情を排出した名残だろうか。
 それを認識したらしく、ライトニングが告げる。
『ここしばらく戦闘ばかりで疲労しているのだろう。人間には休息が必要だ。報酬として受け取ることを命じよう』
「――――はい」
 なんと慈悲深いことだろう。了見は内心は信仰にも似た感情で支配された意識の中、感嘆の息をこぼした。


 光のイグニスは実に合理的な思想だった。
 管理すべきと認めた存在にはどこまでも忠実に保護化においた。生きるために必要な食料、目的、娯楽までもきちんと認め、惜しみなく与える。だからこそ選ばれた者たちは彼の従うことを受け入れた。人間として、必要な存在として選ばれた責務として。
 ……そういうことになっている。


 了見は自身のスペースとして与えられた部屋へ飛び込むように扉を開け放った。
 きちんと整えられた広い空間は、了見が身を休めるために必要なもの全てが揃っている。子供心をくすぐるサイバーチックな内装に、壁の代わりに巨大なスクリーンのようなガラス窓が備えられ、光り輝くスターダストロードを演出している。
 そして部屋の中心にはキングサイズのベッド。上等なスプリングで確かな睡眠を約束するその上には、一人分の人影。
「――――遊作!」
 ぎゅっ、と影の主を抱きしめる。暖かな人肌に、乾いたはずの瞳が再び潤うのを感じた。
「りょうけ……息、くるし――」
「一週間ぶりくらいだな……寂しくはなかったか?」
 遊作の主張もロクに耳に入らず、了見は顔をうずめるように抱きしめる力を強めた。
 チリ、と頭上から金属音がする。そうだった。以前までの銃弾ピアスは今、遊作の両耳に収まっている。光のイグニスに『それはもう不要だろう』と言われ、本当は捨ててしまうつもりだったのに、彼が欲しがったからあげたのだ。好きなものが、好きな人を彩っていることがこれほど■■■とは■■もしなくて――――

 ああ、ノイズが煩いと了見は目を掠める。
 言語も、思考も、感情も。全て光のイグニスによって支配されている。不要なものは雑音に自動で変換される。そしてそんなことを考えたという記憶すら覚えてることは許されない。
 我々は人類のサンプリングとして選ばれたもの。選ばれた所以だけを自覚していればいい――それが、庇護の条件のひとつ。
 了見もそれには賛同しているし、理解もできている。けれども、遊作と過ごしている間だけは少しだけそれが揺らぐ。
 それを許さないと、脳裏に浮かぶ、了見に優しく微笑む人の顔がノイズに掻き消されていく。大切な人だったのに、尊敬してやまない人だったはずなのに、それが誰だかもうわからない。
「■■■■……」
 溢れた言葉すら、底なし沼の如く光の中へと沈んでいく。
 このまま溺れてしまえばきっと楽になると分かっているのに、それをどこかで否定する自分がいる気がして、了見は息苦しさに目眩する。
 だから、確かなものだけを抱きしめて。

「ゆうさく……私の、運命――――」

 貪るように、縋り付いた。


「……了見、みっつだ」

 ほんの少しの開放感と胸いっぱいの満足感で微睡む中、遊作が優しく諭すように呟いた。
「ひとつ、お前はよく頑張っている。ふたつ、誰もお前を責めないし否定しない。みっつ……俺が、必ず助けるから。だから――みっつを、考え続けてくれ」
「みっつ……考える。ああ、そうだった、な……」
 これでは立場が逆だな、なんて起きたら忘れてしまう朧気な夢の中で了見は笑った。


◇◇◇


 了見が眠りにつくのとほぼ同時にライトニングが部屋へと姿を表した。
「…………何しに来た」
 ギリ、と視線だけで対象を射抜けそうな眼力で遊作は睨みつける。
『調子を伺いに来た。君も了見も、大切なサンプリングなのでね』
 そう、なんの気概もなしに予定調和のごとく告げられた言葉に舌打ちひとつでもしたくなる。
「お陰様で」
『ふむ、やはり君を残したのは正解だったな。人間はフィジカルだけでなくメンタルも壊れると使い物にならない』
 眠りにつく了見を一瞥しながら光のイグニスが言う。

 半年前。ライトニングによって宣戦布告が下り、AIと人間との闘争が行われた。
 その中でハノイの騎士のリーダーとして真っ向から歯向かった了見――リボルバーはライトニングによって敗北。その後、人類を効率よく支配する手段のひとつとして、敗者であったリボルバーを自身の手先として仕向けた。
 本来ならば彼の父である鴻上博士がいたはずの認識、尊敬しその命に殉ずるべき存在に【光のイグニス】と挿げ替えたのだ。
 だが当然ながら激しい抵抗もあり、了見の精神はかなり不安定になってしまった。

『彼を選んだのは、その類まれなる【デュエルタクティクス】を見込んでだが、不安定な精神状況ではその真価の発揮は難しい。だからこそ、安定を得るために私は問うた』

『忠実に仕えるお前のために、望むものを与えよう』

 それはまさに、悪魔の甘言だっただろう。
「…………」
 そこから遊作はここにいる。戦える武器(デュエルディスク)は取り上げられ、四肢の動きから瞬きの回数まで全てが監視下に置かれた状態で、壊れそうな了見を迎えるためにこの部屋に添えられている。
『藤木遊作。君は鴻上了見の依存対象として、そして――――』
 翠の視線が交わる。遊作のエメラルドの如き瞳は、依然として激しい光を宿したまま。
 思考を弄くられた了見とは違い、遊作は身体的に拘束を受けているだけに留まっていることもある。それでもこの泥沼のような環境にいれば標準スペックの人間は陥落する。ライトニングがもたらす庇護は絶大だ。それを未来永劫約束されるのだから当然の権利とも言える。
 だが。

 了見のピアスを身につけ続けているのは、忘れないため。彼が【リボルバー】としてイグニスに抗う存在だったこと。
 彼の、彼の父の思想は過激で早急ではあったが、それを無かったことにはできない。してはいけない。
 だからこそ遊作は諦めず立ち上がるだろう。その事実を、ライトニングは高く評価する。

『その【不屈の闘志】の持ち主として、私の支配を受けるべき存在だ』



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