契約の果て

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アンソロの超大雑把なあらすじ。

なんやかんやあって、刹那(天使)とグラハム(人間)は契約を結び、その証にお互いの右目が入れ替わりました。
――以下、本編。



 触れ合うとは、火傷しそうになるほど熱いものだと知った。

「……ん、」
 柔らかく啄むように、優しく触れる。同じ器官とは思えない、ひどく熱を持ちながら吸いつくように迫る彼の動きに翻弄される。
 幾度か角度を変えて重ねあうだけの可愛らしいものから、刹那が少しだけ落ち着いた頃合いを見図って、固く閉ざされたままだった唇をノックされた。
 まだ早い、と首を僅かに横に振る。もう少しこの触れ合うだけの時間を堪能していたかった。だが続きが欲しい、と感じているのも事実で、抵抗とは呼べない行為はあっさりと押し負けた。
 ずるり、と刹那の口内に侵入したそれは最後の堤防たる前歯を優しく撫でた。
「――――っあ、ぅ」
 そこからは彼の独壇場で、まるでステップを踏むように舌が踊る。手を差し伸べたわけではないのに、いつの間にか刹那の舌をパートナーとして咥内というホールで優雅に絡み合う。
「ふ、ぁっ……」
 反射的に逃げそうになる頭を大きな右手で覆うように抑えられ、息継ぎする間もなく貪られる。実体を得て少なからず時は経ったが、こういった場面では呼吸という行為が煩わしく思う。口を開けば彼はそれ以上に口を開いて刹那を呼吸ごと呑み込んでしまう。いつかそのうち窒息するのではないか、なんて他人事のように思った。
 そんな考え事をしているうちに、グラハムの左手がゆっくりと刹那の身体に沿い撫でていることに気が付いた。耳の裏、項、首筋を通って、背筋に。撫でられた個所はゾクゾクとした感触とともに、緩やかに熱を持つ。グラハムの熱を灯されたのか、それとも刹那自身から湧き上がるものか。

 熱くて、熱くて、溶けていきそうだ。

 目頭から熱い水滴が伝う。涙という存在を知ったのは初めてこんなことをした時だったか。膨大な情報量と熱量で生理的に溢れたこの雫に、グラハムのほうが驚きで焦っていた姿を思い出した。その時確か、金輪際このようなことはしないとか言っていたような気がしたが……。
「……考え事か?」
 ふと耳元で囁かれたこの言葉に、全身がゾクリと際立った反応を示す。
 いつものグラハムの声では、ない。夏の晴天のように力強くも澄み渡るのが普段の彼の言葉であるならば、今の声は夜闇で唯一光を放つ彼方の星の煌めき。届かないと知ってなお、手を伸ばさざるを得ないほどの絶対的な存在感で。

 熱くて、熱くて、溺れてしまいそうだ。

 彼の言葉に反論の意味を込め、やっと自ら唇を合わせ身体を僅かに摺り寄せる。考え事は事実だが、彼の事を考えていたのだ。別に悪い事ではないだろう。刹那の行動に真意を感じ取ったようで、右手で頭を撫でられた。
 そんな合間にも彼の左手は刹那の身体を横断していく。決して横暴的なものではなく、まるで刹那の秘密の場所をひとつひとつ確認していくように丁寧に、かつ大胆に。腰を艶めかしく撫でながら、時折思い出したかのように太股を滑らせる。
「――っん!? ぁ、やっ……」
 思わず出た声は思ったよりも大きく、グラハムがその反応にクスリと笑みをこぼす気配がした。
 これ以上はいけない、と刹那は怯える。ここからが本番だとは百も承知だが。

 熱くて、熱くて、見失ってしまいそうだ。

 【契約】によって固く結ばれた刹那とグラハムは、少し前から時折不思議な感覚が沸き起こる。抗いがたい衝動と、かつてない程の幸福感を齎すそれは、一瞬でも理性を飛ばせばそれに飲み込まれる。未だそこまで至ったことはないが、もしそうなった先になにが待ち受けるのか。それが刹那にとっては恐ろしくて仕方がない。
 身体が震えだす。それは恐怖か、歓喜か――――
「……刹那」
 深く重い彼の声が、名前を呼ぶ。自身を定義する、存在を肯定する言葉を告げる。
「君が怖いと思うなら、それでいい。だが忘れないでくれ。我らは、共有するが尊重しあえる存在だと」

 熱くて、熱くて――――目を、見開いた。

 左目には、爛々と輝く翠の瞳が映る。真っ直ぐに、刹那だけを見つめるその瞳はどんなものよりも綺麗で、ずっと焦がれた光そのもの。
 右目には、弱弱しく光る赤の瞳がある。本来なら刹那の右にあるべきその色は、刹那という存在を求め続けた彼の元で揺れ動く。

「か……ってにつな、げるな……!」

 視界共有――ではなく、互いの右目が入れ替わっている、二人が契約によって結ばれた証明。普段はどちらの瞳も自分のものとして扱うことができている。だが、どちらかが望めばこのように片目だけ本来の持ち主に視界を映すことができる。
 だが、この状態で行為に至るのは禁じたはずだ。向かい合っているこの状況ではお互いの羞恥を煽って仕方がないため、刹那が断固と拒否をした覚えがある。
「確かに、あまり気分が良いものではないが」
 対するグラハムも苦笑を浮かべている。刹那の目を通して、グラハム自身の高揚した表情が映ったのだろう。自分のそのような姿、好き好んで見る者は少ない。
「……だが、こうして互いを見つめ合えば、見失うことはあるまいよ」
 そう言って、左目のグラハムは笑った。右目の刹那(じぶん)はハッとする。
 そんな単純な話ではないはずなのに、彼の言葉でどこか納得した自分がいた。どちらかが見失っても、もうひとりがしっかりと見ておけばいい、なんて――――

 熱くて、熱くて、求めてしまいそうだ。

「…………しっかり、見張れ。俺は飛べるからな」
 翼は無いが、剣は残っている。天使ではないが、無力な人ではない。目を離せば何処かへ行ってしまうかもしれないぞ、と刹那が嘯くが、グラハムは笑みを濃くして。
「私の願いを知っているだろう? 君は、私のものだ」
 ドクン、と心臓が早鐘を打つ。
 その、自身の欲求に忠実な言葉は刹那の胸奥深くまで穿った。その穴から無尽蔵にあふれ出す、熱い熱いこの感情に突き動かされ、齧り付くように唇を奪い取る。
「む、ぅ……んっ」
 理性がサラサラと崩れていくのが分かっていながらも、刹那はもう怯えなかった。欲に溺れ、我を失ったとしても、グラハムは決して目をそらさないでいてくれると確信したから。

 だから、今はこの熱に浮かされていよう――――そう、決めたのだ。

「…………っ、はぁ――――」
 長い、長い接吻が終わり、大きく息を吸った。吐く息も吸う空気もすべてが熱くて、愛おしく感じられるほど刹那は振り切れていた。
 グラハムが窺うように刹那を見つめる。次に段階へ進むかどうか、彼はいつも言葉ではなく目線で訊ねてくる。……いや、正確には刹那自身の言葉を待っているのだろう。首の動きなどではなく、刹那自身の声で告げることを。
「ぐら、はむ…………」
 見上げながら名を呼ぶが返事はなく、代わりに左指の動きが一層と大胆になっていく。腰から双丘を下り、窄みを掠める。じれったい動きで、焦らされているのが嫌でもわかった。
「――――っ! ばか……はやく、しろ」
「もちろんだとも」
 待っていましたとばかりにグラハムが微笑む。
 本来、刹那の肉体は契約時の代償として天使の時の身体がそのまま実体化したものであり、最初は人間としてあるべき器官や作用が欠けている部分があった。そこを補うため知識を得る過程で二人はこのような行為をすることになったのだが、少しだけ――グラハムは我を通したことがある。もちろん、刹那は知らないことだが。
 ほんの少しだけ平均的な人間とは違い、ある器官へ苦痛耐性が加わっている。そのため、グラハムは躊躇うことなく指を挿入させた。
「ひゃっ、ぁっ――!」
 甲高い悲鳴じみた声や表情こそ驚愕していたが、そこに痛みを堪える気配はない。蠢く体内はグラハムの指を拒むとも受け入れるともつかない動きで出迎えた。それも少しばかり動かすだけで、慣れたもので往くべき道を少しずつ開いていく。
「くっ、んん…………も、う――ぃ……い」
 行為回数自体はもう片手を超えている。受け入れることに身体が慣れている気が付いた刹那は急かすようにグラハムを見つめる。開き直った今、羞恥よりも快楽を――理性よりも欲望を選択したのだ。その表情は天使と呼ぶにはあまりにも背徳的で――
「欲を知った天使は悪魔となる、か」
「わるかった、な……」
 悪態をつく刹那に、グラハムは愛おしそうに頬を撫でながら告げた。
「たとえ君が悪魔でも、私は君を求めていたよ――ずっと。そして……きっとこれからも、だ」
 そしてその言葉を皮切りに、一切の躊躇を捨てた。

「――――――――っっ!?」

 挿入は驚くほどスムーズに、刹那の身体を貫くような衝撃を伴って行われた。唐突すぎるあまり、刹那は音もなく悲鳴を上げた。自制を捨てたのは何も刹那だけではない。むしろグラハムのほうが色々と限界に達していたのだ。
「はぁっ、くぅ――――ん、ぁあっ!」
「っ……せつ、な――――!」
 理性を捨てた、人外同士の交わり。
 契約という魂の繋がりだけでなく、肉体的にも入り混じるこのままでは。


 熱くて、熱くて、いつの日か――――融け合ってしまいそうだ。


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