グラ刹詰め合わせ

書きたいシーンを書きたいだけ

本編前に出会ったグラ刹


「刹那、あなたに個人ミッションよ」

 ソレスタルビーイングが本格的に活動を開始するより約一年前。
 宇宙における彼らの拠点であり輸送艦のプトレマイオスにて、戦術予報士であるスメラギ・李・ノリエガからガンダムマイスターである刹那・F・セイエイ個人に向けてとあるミッションが下された。

「一ヶ月、ユニオン領での潜伏……? これのどこが」

 指示された内容は実にシンプルなもの。
 期間内、ソレスタルビーイング関係者とは一切接触せず、当然ながら外部にも情報を漏らさず一般人を装ったまま過ごすこと。言い方を変えればただの待機命令であり、とてもミッションとは言い切れず刹那は強い懐疑の視線を向ける。
 その反応を当然予測していたであろう、スメラギは小さく肩を竦ませながら微笑んだ。
「これは私達が作戦を開始した後のことを想定した実践よ。今の世界に私は認知されていない。けど、遠からず世界に向けて宣言することになるわ。知る前と知った後では、世間の他人を見る目が変わってくるでしょう。今回のミッションでは待機中、いかに世界へ違和感なく溶け込めるかのテストと思ってもらって構いません」
 テスト、という単語に刹那は表情を僅かに動かす。
 ガンダムマイスターは四人。そのうち最も若いのが刹那であり、ソレスタルビーイング内においてその若さはある種の疑念の種を孕んでいた。GN粒子のお陰で軽減されているとはいえ、ガンダムの操縦にはかなりのGが掛かる。通常の軍隊であれば刹那の年齢ではMSに搭乗することは許されていない。いくらヴェーダに選ばれたとはいえ、過酷が予想されているミッションに付いてこれるのか――――そう、大人たちの間で密かに囁かれていることを刹那は知っていた。
 もし、この個人ミッションに少しでも問題が発生すれば、場合によってはマイスターの資格を剥奪されるのだろう。それだけは、絶対に認められなかった。だから。
「…………了解」
 刹那は再び通常の無表情へ戻し、スメラギから僅かな資料とヴェーダによって偽造された身分IDを手に取った。


◇◇◇


「…………行ったか?」
「ええ。ちょっと不満そうにね」

 刹那がトレミーを離れてしばしの後。
 作戦室にひょっこり顔を出したロックオン・ストラトスはスメラギの返答に安堵と心配が入り交じった溜息をついた。

「こうでもしないと休まないもんなぁ……アイツ」

 何を隠そう、今回のミッションの立案者はじつはスメラギではなくロックオンである。
 ここ最近、訓練という名の身体を痛めつけるような行為を繰り返す刹那に気づき、原因を追求したところで例の噂話を知った。いまこの場所にいることは刹那にとってあまり良くないだろうとスメラギに相談を持ちかけ、このような体制を取ることになったのだ。
「時期も時期だし、問題はないでしょう。潜伏地の近くにユニオン軍の基地があるからそこだけ注意して、とは伝えたし」
「だといいけどよ……」
 何か嫌な予感がする、とロックオンは地球が映し出されている画面を見つめた。
 成層圏をも狙い撃つ男の目には、今のところなにも捉えていないが。


◇◇◇


 指定された潜伏予定の住居へ着いて、翌日の早朝。刹那は相変わらずの無表情のまま、静かに悩んでいた。
 季節は夏。八月の初頭。用意されたシナリオによると、刹那は都心にあるジュニアハイスクールに通う学生であり、夏期休暇の間、避暑のため親類のいるこの郊外地へやってきたという設定である。
 つまり休暇を過ごす学生を演じなければならないのである、が。

「…………なにを、すれば」

 戦うことばかりの人生であった刹那にとって、学生とは未知の存在であった。
 知識はあるが、それは一般教養としてソレスタルビーイングに叩き込まれた概念的なものでしかなく、実態としての知識は皆無。いくら評価の高い演技力を持っていようとも、知らないものを演じることは出来ない。
 早くも任務の行方を不安に思わざるを得なかった。
 いくら悩めども、刹那ひとりで妙案などすぐに浮かぶわけもなく。
 とりあえず身体を鈍らせるわけにもいかないため、日課とすべく自身で定めたトレーニングを開始することにした。


 夏とはいえ、まだ周囲は薄暗い早朝。
 青いトレーニングウェアを纏った刹那は、しばしの間過ごすこととなるこの町を観察がてらランニングしていた。人影は殆ど無い。住民たちの生活音が響くのはあと数十分は後のことだろう。
 予めこの辺りの地形は頭に入っていたが、実際に目で見ることは重要だ。今回は潜伏ミッションのため在ってはならないが、いざという時のための退避ルートなども確保しておく必要がある。そしてもちろん、敵地の存在も。

「……ここか」

 走り始めて二十分程度のところにひっそりと存在している、ユニオン軍基地。中々な規模であった。
 当然ながら市街地からはMSなど機密に触れるようなものは一切確認できない。入り口が大きく此方を見据えるように開かれているだけ。まるで『覚悟があるなら何時でも入ってこい』と誘っているよう。
 走り抜けざまにチラリと薄目で確認するだけに留めた。
 刹那が覚えることは一つだけでいい。ここにはいずれの敵がいる、と。

 さらにランニングを続けること数分。
 ふと喉の渇きを覚え、それから連想されるようにロックオンからの忠告を思い出した。
『決して休憩を怠ってはいけない』
 ここ最近休むこと無く訓練やシミュレーションに明け暮れていた刹那に向けて、叱りつけるように強めの口調で言われたため耳に残っていたようだ。当の本人がこの場にいないので無視しても良かったが、少しばかりの罪悪感が沸き起こったため、しばし葛藤した後、大人しくウォーキングへ移行することにした。
 周囲に目を向けるとそこは古き良き森林公園のような場所のようで、朝日を浴びた露が光る緑に溢れていた。
 遠い故郷の風景とは全く重ならない、平和で豊かな世界。自分がここにいることは酷く場違いであると攻め立てているような、そんな錯覚を振り払うため強く首を振った。

 気を取り直し、視界の端で捉えた自動販売機へ向かう。
 とくに好みなどもないため、有体のミネラルウォーターにしようと指を伸ばしたところで気づいた。
 金銭類を一切身に持たずに出てきてしまったことを。
 そもそも普段からそういったものを持ち歩く習慣がなかった。ここ数年はソレスタルビーイングが所有する基地内での作戦行動に向けた鍛錬や自己学習に明け暮れ、更に前は己が身をも顧みないゲリラの少年兵である。ロクに買い物などしたことがない。
 水分を求める本能を溢れ出そうなため息とともに飲み込み、早く拠点へ戻ろうと振り返り――――

「朝から精が出るな、少年!」

 ピッ、と軽い機械音と一緒に投げかけられた澄み渡る大きな声に思わず足を止めた。
 視線を向けると、眼前に差し出されたのは先程入手を諦めたミネラルウォーターのボトル。手にしているのは見ず知らずの精悍な男であった。あどけなさが僅かばかり残っている顔に新緑色の瞳。嫌味のない真っ直ぐな色をした金髪も合わさって、実年齢が読み取りづらい。だが、そんなことより刹那が目を離せなくなるものがあった。

 ――――ユニオンの、軍服――――!

 あり得ない話ではなかった。基地からほど近いこの場所に軍人がいることがそうおかしな訳ではない。
 ただただ自身の失態に舌打ちのひとつでもしたくなるのを必死にこらえた。別に刹那が問題を起こしたわけではない。偶々ランニングをしていたとき軍人に話しかけられただけ。フレンドリーな人物であれば世間話くらい興じるだろう、その延長線だ。
 驚愕による反射で隠し持っていた銃に手が伸びそうになるのを思考によってそっと押さえ込む。いま下手な動きをするほうが不味い。
「……別に、することもないから」
「それで運動を選ぶのは大したものだな。だが、少々君のやり方は拙い。そのままでは何れ身体を壊しかねん」
 さっさと会話を断ち切って去ろうとする此方の思惑を吹き飛ばすかのように、軍人の男は目ざとく刹那の図星を指した。
「今の君は成長期だろう? そんな大切な時期に無理を重ねると一生モノの傷になる。大人しく身体の信号には従ったほうがいい」
 差し出されたまま宙に浮かんでいたボトルを無理やり刹那に握らせる。抵抗するも、のどが渇いているのは事実なのでか、思うように拒否しきれず結局受け取ってしまった。

「…………礼、は」
「不要だ。なに、これはただの善意。有難く受け取っておきたまえ」

 また会える日を楽しみにしているぞ、少年!

 そう言い去って行く男の背を忌々しげに睨みつけることしか出来なかった。


◇◇◇


 翌日。
 昨日のような失態を再び起こさぬよう、今度はルートを変更し、時間も少しばかり早めにして真逆の方向へ走り込みを始めた。当然ながら貴重品も身につけている。同じ轍を踏むことはない。
 そう決意も新たにした矢先。

「おお少年! おはようという言葉を謹んで送らせてもらおう!」
「なぜだ…………」

 満面の笑みを称えながら仁王立ちする例の男の姿に、刹那は膝から崩れ落ちたくなるほどの脱力感を覚えた。

「せっかくだ、朝食は如何かね。この近くにある喫茶店のモーニングは絶品だ」
「俺に関わるなっ!」


王様なグラハムと暗殺者な刹那(ファンタジーぱろ)


 その国は機械仕掛けの神によって守護されているという。
 争いを止める強大な力を持つ神は、機械故に意志がない。だからこそ、その意志を担う存在として王を選ぶ。
 選ばれた王の意志によって、国の方向性は幾度も移りゆく。

 あるときは神の力を存分に他国へ振るい、征服と強奪を繰り返し国を広げ。
 あるときは神の力を一切頼らず、ただ抑止力として静かに存在を誇示するに留めた。

 いつしか国民の意志は二つに分かたれた。力を積極的に振るう改革派と、現状を維持する保守派に。
 両者の対立は激しく、前王は内乱による凶弾によって倒れた。
 そして数日後。新たな王が選ばれたと、この国で唯一機械の神の声を聞き届ける巫女姫によって宣言された。

「ソラン、お前に重要な役目を任せる」

 そう言って手渡されたのは、手のひらサイズのナイフ一本。
 それはある意味死刑宣告だった。

 ソランは少年兵だった。所属しているのは改革派だったか保守派だったか。それすらも曖昧な、ただ命令を聞いて実行するだけの使い捨ての駒。
 誘拐されて、洗脳されて。気がつけば内戦の道具として、身の丈に合わない装備を持たされ戦場を走り回っていた。多くの同胞が死んでいく中、奇跡的にも生き残ってきたソランは大人たちに顔と名前を覚えられた。舞台は戦場から街中へ移り、一人でも多く殺すことから一人を確実に殺す方向へ変わった。

 そして、今。
 ソランは王宮にいた。

 国の重要な式典が執り行われようとしている只中。慌ただしく人々が行き交うなかで息を潜め、ソランはその時を待っていた。
 新たな王が国民に向けて、機械神をどのように行使するか宣言するその瞬間を。
 改革派か保守派か。どちらでも関係なく、ただ殺すだけ。
 ソランは特別賢くはないが馬鹿ではないため、この任務は恐らく失敗すると読んでいた。依頼してきたものたちも理解しているだろう。これはただの脅しだ。自分たちの意に沿わなければ痛い目にあうぞ、と新王に告げるためのデモンストレーション。
 ソランはそのための生贄に選ばれただけにすぎない。

 ファンファーレが鳴った。
 そろそろ王宮のテラスから対象が顔を出す頃だろう。
 決意も覚悟もせず、ただ言われた役割を全うするためソランは立ち上がった。


◇◇◇


「あえて言おう――――機械仕掛けの神ガンダムとは即ち、愛だっ!!」


 こう言い切った馬鹿王は、後にも先にもアイツだけだろう。

 ソランの襲撃をあっさりと躱し――後で聞いた話ではアイツは軍人だったらしい――あろうことか、民衆の前でソランにこう告げたのだ。
「私は神の愛を体現することを命じられた身。ならば! この少年の罪を不問とする!」
 この宣言を聞いた瞬間、すべてが馬鹿らしくなって抵抗することすら忘れた。
 こんな王が誕生したとなれば世も末、この国は勝手に滅ぶ運命だろう。そう思ってソランは思考することを放棄した。

「ところで少年、名は何と言う? 呼び名がないのは些か不便だ」
「…………」
「名乗りたくないのだな? では私が新たな名を与えよう!」

 ――――刹那、だ。
 とても一国を預かる存在との会話とは思えないやり取りの末に、ソランは刹那となった。

「刹那、君の処分が決まったぞ」
「わかった。死刑か? 投獄か?」
「私の養子にすることにした! これで王宮にいても変ではないぞ!」
「………………頭痛が痛い」

 言葉の使い方が間違っているぞ、と大きく喋るソイツの姿にさらに痛みが増してくる。
 こんなやつを選んだ機械神とやらの面を拝んでみたいものだ。


◇◇◇


「オマエ……その怪我でまだ行く気か!?」
「もちろんだとも。王に選ばれたとしても、私は軍人だ。この国を守るものとして、戦場から離れる訳にはいかない」

 新王を認めないものたちが起こした暴動。それに誘発され内戦は深刻なものとなった。
 改革派保守派に関わらず、目の前のものすべてに対して攻撃を続ける泥沼の様相。つい先日、どこかの一派から放たれた凶弾によって倒れたばかりだというのに、この男は戦場へ向かうと言って聞かない。
「死んだらどうするんだ! この国は――――」
「次の王なら心配ないさ。神はすぐに次を選ぶだろう」
 この国は、そういう国だ。
 それは紛うことなき事実であり、誰一人として反論できなかった。

「それに、私はただの代替にすぎないからな。早々にいなくなるのは神の望むところだろう」

 いまなんと言ったか、この男は。
「おい、なにを……?」
「君にだけは話しておこう。刹那、私は……真に機械神に選ばれたわけではないのだよ」


◇◇◇


『無事帰ってこれたなら、私の名前を呼んでくれ。いい加減、貴様とかお前では寂しいではないか!』


 其処にあったのは人形を模した巨大な機械だった。
 真っ白な全身にトリコロールカラーで色彩され、無骨ながらも鋭い輝きを放つ剣を携えた、人知を超えた存在。

「これが……ガンダム」

 我を忘れて存在に目を奪われる。だが、こうしている時間はない。今なお戦場ではあの男が命を削りながら戦っているのだから。

「お願いだ、お前の力を貸してほしい」

 王になりたいわけではない。神の権威が欲しいわけでもない。
 刹那が求めるのは、戦争を根絶させるための力。
 武力でも対話でも何でも良かった。早くこの醜い争いを終結させ、あの男との約束を絶対に果たさせてみせる。そのための力を求め、刹那はここにいた。

「応えてくれ――――ガンダム・エクシア!」

 刹那の声に呼応するように、鎮座していた白き機体に緑光の輝きが灯った。


ニーアオートマタぱろ


※元ネタゲームのネタバレを含みますので注意!


――――これは呪いか、それとも罰か――――


 地球が地球外変異型生命体《エルス》に占拠され、長い年月が経った。
 僅かに逃げ延びた人類は月面に隠れ、地球奪還のため、人間に忠実なアンドロイドを制作。彼らにすべてのエルスを排除するよう命を下したのが二百年ほど前のこと。
 地球ではエルスとアンドロイドによる壮絶な争いが日夜続けられていた。

「初めましてだな! 今日付けでこちらの地区に配属となった二号バトラータイプ、通称グラハム・エーカーだ。よろしく頼む」

 そう、爽やかな笑顔とともに差し出された左手から目を逸らしながら、刹那は小さく返事をした。
「九号スキャナータイプ……刹那・F・セイエイ」
「セツナ……刹那、か。良き名だ。君とはなぜだかセンチメンタリズムな運命を感じずにいられない」
「……………………そうか」

 グラハムは変わったアンドロイドだった。
 戦闘特化型の癖して、強すぎる好奇心からか情報特化型の刹那に勝るとも劣らないほどのハッキング能力を得ている。それを用いて、高価のため使用に制限がかかっている飛行ユニットを独断で動かしてしまったことは数知れず。

「空が私を呼んでいるのだ!」

 そう叫びながら司令部からの回線を切断したのは何時のことだったか。
 上層部も呆れつつ、かといって彼個人の能力自体は現存するアンドロイドの中ではトップを競えるほどの戦闘力の持ち主ゆえ、多少のことは目を瞑ってもらっているようだ。
 そんな優秀だが問題児のグラハムと、任務に忠実と評価の高い刹那がタッグを組むようになったのはある意味運命だったのか。
 数百回にのぼる対エルス掃討作戦の一戦で組んだ以降、二人は共に地上でのエルス調査任務を受け持っていた。

「刹那、君はスキャナータイプという割には戦闘に長けていないか? これでは私の出番がない!」

 一面に広がる沈黙した金属くずの群れ。その中心に刹那はひとり佇んでいた。
 不満げなグラハムに冷たく言い放つ。
「俺は今まで単独で地上の調査任務を引き受けていた。これくらいの戦闘ならば問題ない」
 それと、付け加えるように。
「グラハム……俺たちアンドロイドは、感情を持つことを禁じられている。そのような思考は不要だ」
「冷たいぞ少年! そんな規律はとうの昔に形骸化しているではないか」
「感情なんて持っていても……辛いだけだ」
 思わず溢れた言葉はグラハムの耳に届くことはなかった。
 突如として鳴り響く甲高い警告音。双方の端末に届いたそれは、超巨大エルス出現に対する攻撃命令だった。


 エルスはすべての個体を独自のネットワークによって統括している。
 一部のエルスは様々な要因でそのネットワークから切り離され各々で活動しているものもいるようだが、大半のエルスは行動をすべて共有していた。
 それに加え、性質として異なる物質を取り込み吸収し、それを模倣するような知性を得ているとこれまでの調査で判明していた。

「これほどとは――――!」

 二人の前に立ちふさがる、万を超えかねない夥しい数のエルスの群れ。
 その最奥にあるは、これまで見たことがないほど巨大なエルス。刹那の見立てでは、あれがエルスたちのネットワークの中心だった。
「少年、あれを破壊するにはどうすれば良いと思う?」
「…………周囲のエルスは恐らく無限に湧き出てくる。それを止めるには、エルスのネットワークをハッキングして制御を奪ってしまえばいい」
 それは賭けだった。
 アンドロイドのハッキング能力がある程度まで通じることは分かっていたが、完全な乗っ取りまで行えるかどうかは成功例がない。仮に成功しても、彼らの知性次第ではこちらもハッキングを受ける可能性もある。それにハッキング中はそれに集中するため刹那は完全に無防備だ。そんな隙をこんな大群がすべて見逃してくれるはずもなく。
 言外に『打つ手なし』と告げる刹那は悔しげに唇を噛んだ。
 こんなところで終わるのか――――そんな中、グラハムは笑っていた。

「では少年。未来への水先案内人は、このグラハム・エーカーが引き受けた!」

 刹那が反応を返す間もなく、グラハムは流星のごときスピードでエルスの大群に突っ込んだ。
 その行動を理解する。すべてのアンドロイドには機体制御臨界突破機能――つまり自爆装置を備え付けられている。ボディの損失は痛手にならない。自我データは地球と月との間にあるアンドロイドの宇宙拠点、通称トレミーにバックアップされているからだ。
 だが別の事も思い出す。グラハムはそのバックアップを怠っている。最後にトレミーに戻ったのは、二人がタッグを組むより前のこと。
 それが分かっていてなお、彼は笑っていた。

「――――っ!?」

 閃光が奔る。それに遅れるように、爆風と破壊音が津波のように円を描く。
 それらを認識するよりも早く、刹那の指は動いた。この一瞬を絶対に無駄にさせないために。
 神経が焼き切れそうなほど高圧電流が流れ、全身から悲痛な叫びが上がるのを尽く無視し、ただ一点を捉えるべく指を躍らせた。途中、エルスたちが共有していると思われるデータが幾つか通り過ぎたが、其れに構うこと無く細い糸のような刹那の意識データが突き進んでいく。
 時間にすれば数秒足らず。
 終演を告げたのは、鉛のような物の落下音。重力をものともしていなかったエルスが、動力を失ったように地に落ちた。
 動くものの途絶えた静寂に、まるで現実感がない。

「…………グラ、ハムは」

 アラート音を響かせ続ける自身の身体に鞭打って、刹那はエルスの中心部へ向かった。
 冷たい金属の山に、それは半ば溶け込みながらもギリギリのところでその姿を保っていた。本来であれば自爆装置を実行すればパーツの破片すら消し飛ぶ威力なのだが、おそらくグラハムがエルスに思いっきり突撃したため爆発するより早く侵食が始まってしまい、エルス側で規模を抑え込まれたのだろう。顔が無事だったため判別が付いたのは良かったのか。
「さ、すがだな……しょうねん」
「っ! お前、まだ意識が!? なら――!」
 瞳は閉じられたままであったが、足音で気がついたのだろう。まだ言葉をかわす事ができるとは思ってもみなかったが、意識が残っているならすぐに保存処理を行えばバックアップで復元する必要もない。
 咄嗟に伸ばした刹那の手を、突如放たれた鋭い視線が拒んだ。

 若草色の瞳の中心に、あってはならない真っ赤な光バグが灯っている。

「お、まえ――――それは!」

 スキャンするまでもない。アンドロイド側には存在しないそのデータは、エルス側から齎された異物。一般的には倫理ウイルスと呼ばれる、意識データを破壊――即ち、アンドロイドを完全に破壊するバグ。
 ワクチンプログラムを組めば除去は可能だ。だが、今の刹那は満身創痍。指先ひとつ動かすことすら厳しい状態で、グラハムの意識が消滅するより早く組みきれるのか。下手をすれば刹那自身も感染する恐れがある。
 それでも、刹那は躊躇せずプログラムを起動させようとした。

「わたしにかまうな、しょうねん。……どうせまにあわん」
「黙っていろ!」
「それに――――しぬなら、きみのてがいい」

 その声に。
 ざざ、と刹那の記憶データ領域にノイズが走った。


『こんどは少年の手で、やさしく壊コロしてくれ――――』


 遠いようで近い、在りし日の約束を思い出した。

「…………………………わ、かった」

 先程までの動作をすべて放り投げ、ゆっくりとグラハムへ歩み寄る。
 彼の身体の八割はエルスと融合されていた。丸々残っているは首から上部分のみ。刹那がハッキングで破壊したエルスたちのネットワークはまだ回復していないようで、動き出す素振りは見えなかったが、それも時間の問題だった。
 目を背けることは許されない。ここから逃げ出すことは許せない。ただ、すべてを受け入れた静かな瞳で刹那はグラハムの身体へと身を乗り上げた。所々破損しながらも、いまだきめ細かな美しさを誇る両手指をすべて使い、そっと大切なものを包み込むかのように彼の首へと手を掛ける。
「……ふっ。なかなかじょうねつてき、だな」
「おまえは…………何時だって、そうだ」
 アンドロイドは死なない。ボディは幾らでも作り出せる。自我データも基地に戻ればバックアップをインストールできる。二人が出会った記録は失われるが、些細な事だ。よくあることで、刹那は何十回と経験している。

 けれど――――この経験だけは、もう嫌だというのに。

「俺はお前を殺す。それが俺の任務であり、生まれた意味であり…………きっと、罰なんだ」

 普段は封印しているリミッターを解除する。スキャナータイプと偽るために付けたそれを外すのは、何時だって目の前の男が原因で。今回は大丈夫であってくれ、と願う事自体が間違いなのだろうか。
 グラハムは何も言わず、ただ刹那を見つめていたまま沈黙した。賢くて鋭い感性をもつ彼のことだ。今回も気づいていたのかもしれない。だから嫌いなのだ。


 グラハム・エーカーは変わったアンドロイドだった。
 戦闘特化型のくせに妙に好奇心が強くて能力も高いため、機密保持のため司令部以外は接触が禁じられているトレミーにあるサーバーや、果には人類が細々と生きながらえているとされている月面のネットワークにさえハッキングを仕掛けたことがある。
 彼は危険な個体だった。知ってはならないことを知り、その記憶データを削除したところで、また探求心からハッキングを繰り返す。
 廃棄処分にする案もあった。だが、エルスとの戦闘はいまだ収束の兆しはなく、戦力として彼の存在は大きかった。だから上層部は、彼に監視役として特殊タイプのアンドロイドを一体付けることで彼を出来る限りコントロールさせ、万が一が起きた場合はデータ削除や機体破壊で行動を止めさせる。そう運用することに決議した。
 その監視役に選ばれたのが、刹那・F・セイエイ。他のアンドロイドには認知されていない特殊タイプ――死刑執行人エクスキューショナーとして生み出された彼は、何度も何度も、グラハム・エーカーを破壊し続けていた。
 敵との抗戦に巻き込んで。ハッキング中の彼の背中から剣を突き立てて。飛行中に撃ち落としたこともある。時には刹那の正体を知った彼自身から、壊し方を指定されたこともあった。
 何度も破壊されては生み出され戻ってくる。彼はまるで、人類のように生死の螺旋に囚われ続けているようだった。

「初めましてだな! 本日よりこちらの地区に配属となった、二号バトラータイプのグラハム・エーカーだ。よろしく頼む」

 超大型エルス撃破から数日。多くのアンドロイドが破壊され、その補充にと地球拠点へ派遣されてきた彼の姿に、刹那は叫び出したくなる衝動を抑え、目を逸らしながら応えた。
 このやり取りが何度目なのか。劣化知らずな刹那のデータからは正確な数字が算出される。だが、その数字を即座に否定した。これはまだ初回。少なくとも、このグラハム・エーカーと出会ったのは。
「九号スキャナータイプ……刹那・F・セイエイ」

 ――――アンドロイドは、感情を持つことを禁じられている。

 刹那は小さく呟く。
 鋭利の刃物で胸を突き立て続けられているような、息苦しい激痛から逃れるすべを探して。



◇◇◇




※欠損系の表現あり



 トレミーがエルスによる襲撃を受け、壊滅してからしばし後。
 天を貫くよう地下から出現した真っ白な塔を駆け上り、その場にたどり着いたグラハムは思わず息を呑んだ。
 巨大な空間にひしめくよう無数に配置されたそれらはアンドロイドの姿をしていた。それもすべて――――九号タイプ。

「……圧巻だな」

 恐らくエルスがグラハムの記憶データからハックして得た容姿を模したのだろう。驚くほど精巧にできていた。ただ、意思なく鈍い色を放つ瞳で彼とは違うと認識できた。
 だが、違うと分かってなお、グラハムの胸を高ぶらせる何かが沸き起こるのを止められない。
「エルスよ、いまこの瞬間だけは感謝しよう! 私の前に再び少年を呼び起こした事実を!」
 刃を迷うこと無く向ける。
 グラハムは自身を支配するこの熱の正体に気づいていた。それは許されないものであるとし、意識の底へと押し殺してきたもの。エルスによる侵食時、彼らに指摘された際は必死に否定したもの。
 それは――――

「この気持ち、まさしく愛だっ!!」

 ガンッ、と剣を叩きつけるながらグラハムは思いの丈を叫んだ。

 とあるアンドロイドが研究していた。
 戦闘で得られる極度の緊張と高揚感、それらはデータにある人類のとある感情データに酷似していると。ひとりでは生み出せないが、ふたり以上の存在する時必ず生まれるその感情を処理する手段に生殖を組み込み、生産性を飛躍させていたのではないか、と。
 ならば生殖機能をもたないアンドロイドは、一体どうやってその感情を処理すればよいのだろうか。
 地球奪還のために生み出されたアンドロイドに出来る行為は、ひとつだけだ。

「私はこの瞬間だけを求めてきた! 君との果し合い、その先にある極みを!」

 腕を切り飛ばす。足を蹴り飛ばす。胴体を刺し貫く。首をはねる。頭部を殴り捨てる。
 物言わぬ屍の群れガラクタが積み重なっていく。

「これが私の呪いだというのなら、それすら超越してみせるとも! 君へのこの愛憎(かんじょう)で!!」

 愛(コロ)したい。
 既に壊れたこの世界で、今のグラハムを突き動かすのはその想いだけだった。

 無限にも思える時の果てに、動ける存在はグラハムだけになった。
「せ、つな…………私は…………」
 気づけは片腕が無かった。あれらの反撃で落とされていたらしい。片方がないのは不便だと、霞がかかったような思考が告げていた。周囲を見渡すとちょうどいいものがあった。

 切り落とした九号タイプの――――刹那の腕が落ちていた。

 躊躇うことすら忘れて、傷口に押し当てる。エルスが侵食してくる物理的苦痛と、ウイルスが侵攻してくる精神的苦痛に悲鳴を上げる。だが激痛に歪む中、口元と瞳だけは狂気的に笑っていた。

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