淡色綺譚


「あなた、とても不思議な“色”をしてるわね」

 それがきっかけだった。


 ガラリと戸を開く。時刻は放課後。部活動も半分ぐらいは既に終了し、残っているのは大会を控えた運動部と一部の教師ぐらい。
 なのに、何故俺はこんな場所――図書室へ来てしまったのか。
 別に取り立てて目立つものがあるわけでもなく、極々普通の図書室。並べてある本も高校生に似つかわしい純文学や参考書などばかりで、遊びたい年頃には不評である。
 そんな場所に居着く変わり者がいた。
「……あら、いらっしゃい。後輩くん」
 大人びた女性の声。教員といっても十分通じるこの持ち主は、不本意ながら俺の先輩に当たる人のものだ。
 名前は――なんといっただろうか。人の名前と顔を覚えるのは昔から苦手だ。だが、そんな珍しい名前というわけではなかったと思う。聞きなれないものであれば少なからず頭の淵に残っていただろうから。
 彼女も俺の名は知らない。名乗った覚えもない。だからか、彼女は俺のことを「後輩くん」と呼ぶ。俺も「先輩」と呼んでいるので御愛顧だ。
「どうも」
 無愛想な返事を返す。礼儀正しくする必要もないだろうと、この人には敬語すらまともに使ったことがない。先輩も気にしておらず――むしろ喜んでいるので、このまま突き通している。
「ふふっ、相変わらず素敵な“色”ね」
 笑いながら、先輩はいつもと同じことを告げた。
 ――有り得ないし、信じちゃいないが、この先輩は他人の魂を“色”として視ることができるのだという。
 俺と先輩が出会ったきっかけも、この決まり文句からだった。

『君……素敵な色ね』

 そう言いながら、この図書室で何をするわけでもなくただ本と睨めっこをしていた俺に向かって、先輩は微笑んだ。
 その笑みがちょうど夕焼けの朱色に重なって、まるで別世界に来てしまったかのような衝撃を受けた。
「今日はどうしたの?」
「……別に。返さなきゃいけない本があったんで」
 脳裏に浮かんだ微笑みをかき消すように、先輩に背を向けてカウンターへ向かう。これ以上、まともに先輩を見てられなかった。
「あ、それ『色図鑑』? 嬉しいな、読んでくれたんだ」
「暇だっただけだ」
「ふふっ、そうなんだ。その割には……いい色になってるけど?」
 クスクスと笑い声が聞こえるが無視。先輩はこうやってからかうのが好きだ。いちいち付き合ってられない。
「あーあ、つまんないなぁ。……それにしても、君の色はいつも綺麗ね」
 俺を――俺の魂を見透かすように、スっと瞳が細められるのがわかった。
「綺麗で、儚くて、いまにも消えてしまいそうな――――淡い“色”。まるで何かの物語みたい」
「例えば……?」
 ちょっとした好奇心から、つい疑問を投げてしまった。
 先輩は今日も夕日を背にしながら、

「…………ないしょ」

 不思議な色の笑みを浮かべた。
萌葱さんへ。淡色綺譚4周年おめでとうございます! プレゼントに、なりますでしょうか?(汗
なんだか恋愛チックになってしまいました……。
おかしいな……もっと、こう心に訴えかけるような話にしたかったんですが。